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『こんな時間に悪いね』
 電話の相手は一応謝った。時計の針は12時を少し回ったところだった。望は遅かれ早かれ来るだろうかと思っていたので、気にしないからと言った。
「用件はゆづちんのことだろ?」
『ご明察』
 さっきの一矢の表情は、ちょっとした見物だと思った。いつも傲岸不遜なくらい自信に溢れているのが、見てる方が気の毒になるくらい消沈していたのだから。
 キスしているのを見られるなんて、予想外の展開になったけど、多分これで一矢と弓弦の関係は、いい方向に転がっていくはずだという確信があった。
「社長さんともなると、いろいろ大変だな。社員のプライベートまで面倒見なきゃならないなんて。で、ドコまで知ってる?」
『一矢が坂巻くんをセフレにしてたけどフラレたらしいってことと、お前らがどういう訳だか、一緒に暮らしてるってことだけだ』
 秀悟の答えに望は驚いた。
「おい、待てよ。フラレたのはゆづちんの方だぞ」
『えっ?』
 秀悟の声がひっくり返った。
「そもそもゆづちんが、高倉にセフレになろうと言われて承諾したのは、一度抱かれて高倉のことがそういう意味で好きだと気づいたからだって言ってたけど、やめようって言ってきたのも高倉の方だって言うぜ」
『その話、ウソじゃないだろうな?』
「俺がお前にウソ言って、何の得になるってんだよ」
『それもそうだ・・・でも、一度抱かれたって・・』
「励ます会の夜だよ。高倉はゆづちんをお持ち帰りして、食っちまったらしいんだ。ゆづちん自身は、そこら辺の記憶がないらしいんだけどな」
『ちょ・・マジかよ・・』
 驚愕も相当なものだったようで、秀悟から普段使わないような言葉が飛び出した。
「まぁ、元々ゆづちんは高倉のことを崇拝してたから、抱かれて嬉しかったらしくて、自分の気持ちが恋愛感情だって気づいたって言うんだ」
『それはまた・・・・』
 どう言えばいいのか、秀悟は言葉を失った。
「俺はたまたまその翌朝、喫茶店でバッタリ会ってさ。それでいろいろ相談に乗って現在に至るという訳」
『そうだったのか・・・』
「一緒に住むことにしたのは、たまたまゆづちんのアパートの更新時期ってのもあったし、一人にしておけなくて、俺から誘ったんだ。残念ながら恋愛感情はないぞ。可愛い弟としか思えないからな。俺にはちゃんと恋人がいるんだ」
 望の説明で秀悟は納得したようだ。
『大体の事情はわかった。でも、フッたはずの一矢の方がダメージが大きいというのは、どう言う訳だ?』
「俺には高倉の気持ちはわかんねぇけど、ゆづちんは抱かれる度に泣いてたよ。勘違いしそうだってな」
『勘違い?』
「愛されてるんじゃないかって勘違いしそうになるくらい、優しく抱かれるんだって言ってた」
『ほぅ・・・それは・・・頭では理解できてなくても、一矢の心と身体は正直だったということか』
 秀悟が出した答えに、望も納得した。
「上手くやってくれるんだろうな?」
『多分、一矢は自分の気持ちに気づいたはずだ。このままほっといても頭が冷えたら行動を起こすだろう』
 秀悟の言葉に望は安心した。
「俺はゆづちんが幸せになってくれればそれでいいんだ・・」
『俺も社員のプライベートが安定して、仕事に励んでくれれば言うことはない』
「上手くいくといいな・・・」
『多分大丈夫だ。あいつらは自分たちの距離がわかっていないだけだからな』
「背中合わせに立ってても、相手の姿は見えないってことか・・」
『そういうこと』
 受話器の向こうとこちらで、策士達はニヤリと笑った。