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 キスしたということは好きだということだ。しかも一緒に暮らしているということは・・
「畜生・・・」
 のどの奥から搾り出すような声が洩れた。
(俺はゆづのことが・・・・)
『恋愛感情これっぽっちもなかったのか?』
 秀悟の言葉がよみがえる。
 好きなのだと今更気づいたところで、飛雄の言った通り、もう手遅れだと一矢は思った。
 弓弦は望の前で無邪気な笑顔を見せていた。以前は一矢の前でもそうだったはずなのに、セフレの話を持ち出した頃から、弓弦は一矢の前では笑わなくなっていた。
(俺のせいなのか・・・)
 あの夜、好きなのかと訊かれた時、そうだと言えばよかったのか。そうしたら弓弦は応えてくれただろうか。
 ぐるぐるとそんなことばかりが頭の中を巡り続ける。弓弦の口唇に触れた望に激しく嫉妬している。
 一矢は絶望に押しつぶされそうになっていた。
「ゆづ・・・」
 声に出すと胸が切り裂かれるかと思うくらい痛んだ。前に感じたのは小さなトゲだったのに、今はナイフの鋭さで一矢を苛んでいた。

「ますます絶不調に磨きがかかってるじゃねぇか・・・」
「しかも連日ヒドイ二日酔いさ。2件入ってた出張講習は俺が代わりに行ったけど、このままじゃ近いうちに潰れるな・・・・」
 飛雄も秀悟も顔を見合わせて、大きなため息をついた。
「天才ハッカー様がじーさんばーさん相手に、公民館で出張講習かよ」
「バーカ。天才ってのはお前みたいなのを言うんだよ。この俺が身体を張ってスカウトしたんだからな」
 秀悟は飛雄の額をつついた。
「そんな昔のことはどうでもいいから、使い物にならないヤツのことはほっといて、Sを片付けてくれ」
「はいはい。シャチョーさん」
 飛雄は今日中に片付けてやると心に決めて、自分のパーテーションに戻った。
「全く、いつ行動を起こすんだか・・・・ 完全に諦めモードで腑抜けになっちまってるじゃねぇか」
 ブツブツ呟く飛雄の独り言は聞きたくなくても一矢には聞こえてしまった。
「・・るっせぇよ・・」
 しかし、今の一矢には飛雄とケンカをする気力も失せていた。
「俺に突っかかってもきやがらねぇ・・・」
 飛雄はスネている一矢を歯がゆく思っていた。

 就業時間いっぱいまではPCの前に座っていた一矢は、時間が来るとさっさと帰宅の途についた。
 自宅マンションのそばまで戻ってきたとき、目立つ二人連れが目に入った。
「牧村?」
 望が寄り添っているのは頭ひとつ分大きい偉丈夫で、友達というには雰囲気が妖しかった。
「今夜は泊まっていってもいいよね?」
 望が甘えたような声でそう言うと、連れの男は苦笑しながらも望の肩を抱き寄せた。
「むろん構わないが、今夜は寝かさないって言ったらどうする?」
「望むところだ。今の言葉忘れるなよ。垣内さんの方が年寄りなんだから、俺より先に寝たら承知しないからな」
 挑むようにそう言った望の髪を、その男はかき混ぜるように乱暴に撫でた。
(アイツ・・・・)
「牧村っ!」
 頭にカッと血が上った一矢は、思わず望達に向かって駆け出していた。
「あれ? あっ、そーか。高倉んち、この近所だったっけ?」
「お前、一体どういうつもりなんだよ!? この男とはどういう関係なんだ」
 一矢の剣幕に望は目をまん丸に見開いた。
「黙ってないで何とか言ったらどうなんだ!」
「俺のダーリンだけど、それが何か?」
 望の答えに今度は一矢が目を丸くした。
「ダ・・・ダーリンって・・じゃあ、ゆづは? アイツのことは一体・・・」
 垣内と望を交互に見て、言葉に詰まる一矢に答えたのは垣内だった。
「君こそ弓弦くんとはどういう関係なんだ? 俺は確かに望と付き合っているが、望と弓弦くんが一緒に暮らしていることも承知している。そのことに何か問題でもあるというなら聞こうじゃないか」
「俺は・・・・」
 何も言い返せなくて、一矢は口唇をかんだ。