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「・・・・えーっと・・・?」
 目覚めた弓弦は、自分が今どこにいるのかわからなかった。
 なんだか身体がだるいような気がして、頭を動かして隣に誰かが眠っているのに気づいた。
「先輩っ!?」
 その瞬間、ゆうべの出来事が記憶によみがえってきて、弓弦は慌てて飛び起きた。
「夢じゃなかったんだ・・・」
 それでもまだ信じられずに、眠る一矢の頬にそっと触れてみた。
「ナニ百面相してるんだ?」
 いつから目覚めていたのか、弓弦の手を掴んで一矢がニヤニヤしていた。
「あっ・・・」
「青くなったり赤くなったり、ホント見てて飽きないヤツだな」
 そのままぐいっと手を引っ張られ、一矢の胸に倒れこんだ弓弦は、ぎゅっと抱き締められた。
「せん・・一矢・・」
 まだ名前を呼び慣れなくて、つい先輩と言いそうになる。一矢は苦笑した。
「ぼちぼち慣れていけよな・・」
 あっと思った時には視界が回転して、弓弦はシーツに沈められていた。
「せ・・一矢・・?」
「ゆづ、カワイ過ぎ・・朝っぱらからそんな色っぽい顔で誘ってんじゃねーよ」
 一矢はそう言って口唇を寄せてきた。
 グ〜・・・・
「――――!」
一瞬の間の後に、一矢は吹き出した。
「わかった。先にメシにしよう。ゆづ、動けるか?」
 なんというタイミングなのか、弓弦のおなかの虫が鳴きだしたせいで、ロマンチックで甘いムードが一変、お笑いモードになってしまった。
「ウチには何もないから、外に食いに行くぞ」
 二人はキューキュー鳴くおなかの虫に急かされるように身支度を整えてから出かけた。



「あっ、ゆづちんだ。コッチにおいでよー」
 この間の喫茶店に来たら、窓際の席から望が手を振って招いた。垣内も向かいに座っていた。
「巧くいったんだ? 高倉」
 問いかけと言うよりは、確認の望の言葉に、一矢は頷いた。
「おかげさんで・・・貴方にもご迷惑かけました」
 望にそう言って、一矢は垣内にも頭を下げて詫びた。
「気にしなくていい。あんな精神状態じゃ、誰だって冷静な判断なんてできない」
垣内は一矢に隣の席を勧めた。
「よかったな。ゆづちん。愛されちゃったって顔してる」
 望に頬を突かれ、弓弦は赤くなった。
「なんか今朝のゆづちんは腰つきがヤバいって・・・高倉、こんなカワイイの一人でほっとくと、あっと言う間に攫われちゃうぜ」
 そう言うと望は弓弦をキュッと抱き締めた。
「牧村っ!」
 思わずガタンと席を立った一矢は、ニッと笑う望にからかわれていると気づいて、憮然として座りなおした。
「ちょっとコイツのこと教育し直した方がいいと思うんですけど・・」
 一矢は隣で苦笑してる垣内にブツブツ文句を言った。
「出逢った時には既に手遅れ状態だったんだ。もう何度も言い聞かせてるんだがな・・」
 肩をすくめてそう言いながらも、垣内は望のことが可愛くて仕方ないんだと言うような目で見ていた。
「チェッ・・・バカップル・・・」
 そう呟いた一矢に、垣内はニヤッと笑って言った。
「侮辱罪でしょっぴくぞ」
 ギョッと振り向いた一矢に、弓弦が小さな声で言った。
「垣内さんは刑事さんなんだよ」
「えっ! ヤクザじゃないのか?」
 見てくれで絶対にフツーの人種じゃないと思っていた一矢は、ひっくり返った声で叫んだ。