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「失礼なヤツだな。俺がヤクザなんかと付きあうと思ってんのか?」
 望に睨まれて、一矢は小首をすくめた。
「いや・・すまん。だってよぉ・・この人、見た目凶悪じゃん・・」
 ボソボソと言い訳する一矢に、垣内は吹き出した。
「そう言えばちゃんと名乗ってなかったな。俺は垣内陽登海だ。ヤクザじゃなくて天下の公僕だ。以後よろしく」
「ひ・・・ひとみ・・・?」
 手を差し出されて握手しながらも、一矢は目をまん丸にした。
「太陽が登る海と書いて陽登海だ。いい名前だろう?」
 垣内は一矢の手を握った手に力を込めてそう言って、ニヤッと笑った。
「・・は・・はぁ・・・いい名前っすね・・・」
 バツが悪くて一矢が居たたまれなくなった時に、救世主のようにウエイトレスが注文を取りに来た。


「俺んちに引っ越してこないか?」
 一通り朝食を終えた頃、一矢がポツリと言った。
「えっ?」
 思いがけない言葉に弓弦は言葉を失った。
「牧村に恋人がいるのがわかっても、やっぱりお前らが一緒に住むのはイヤなんだ」
 一矢は少し悔しそうに顔を歪めた。
「もしかしなくても、高倉嫉妬してるんだ?」
 くすくす笑いながら望が揶揄すると、垣内が口を開いた。
「俺が嫉妬してないとでも思ってるのか? 望」
「え・・え? えぇっ!?」
 苦虫を噛み潰したような顔をしている垣内に、望は口を押さえて叫んだ。
「お前らが抱き合ってるのを見たときには、殺意が湧いたんだぜ」
「うそ・・・・」
 刑事のクセに信じられない発言をした垣内に、みんな口をポカンと開けて絶句した。
「年上の余裕、ぶっこいてるとでも思ってたのか?」
「だ・・だって・・でも・・」
 望は我を失って口をパクパクさせた。
「一度一緒に暮らした時には、すれ違いが続いて淋しい思いをさせたから、お前のしたいようにさせて、俺は我慢してたんだ。でも、できたらまた俺と暮らして欲しいと思ってんだぜ」
「か・・垣内さん・・・」
 望の目から涙が溢れた。


「引っ越してもご近所さんだから、高倉とケンカした時には、いつでもメールくれたらイイから」
 いろいろ話し合って、弓弦と望はそれぞれ恋人と一緒に暮らすことにした。垣内と一矢は偶然にも元々近所だったので、離れることになってもそんなに淋しくは感じなかった。
「望こそ垣内さんの仕事が忙しくて構ってもらえなくて淋しかったら、いつでもメールしてくれたらイイから」
「先輩に向かって生意気言うようになったじゃん」
 望は口唇を尖らせて弓弦のおでこをつついた。
「ゆづ、行くぞ」
 秀悟に借りたジープの運転席から一矢が顔を出している。弓弦は荷物が少なかったので、引越しの荷造りも早く済んだ。
「お世話になりました」
 弓弦は望に礼を言って深々と頭を下げた。
「うん。お互いに幸せになろうな」
 望はそう言うと、弓弦の口唇に軽くキスをした。
「あぁっ! お前らっ!」
「望っ!」
 一矢と垣内は目をむいて怒鳴った。