32

「逢ってもいいけど、もう絶対に牧村とキスなんかするじゃないぞ」
 無事引越しも後片付けも済んで、ベッドに入るなり一矢はそう釘を刺した。
「もしかして、牧村とヤッたとか?」
 本気で疑っているらしい一矢に、弓弦はムッとした。
「そんな訳ないよ! 望には垣内さんって立派な恋人がいるのに」
「その垣内さんの前でキスされてたじゃんか。お前は好きな人としかキスしないって言ってたクセによ」
 そう言われると反論できない。弓弦は口唇を尖らせた。
「あれは友達としての好きのキスだもん・・」
 ブツブツ文句を言う弓弦を組み敷くと、一矢は噛み付くようなくちづけをした。
「俺とは恋人のキスをしようぜ・・・」
 弓弦は一瞬にして真っ赤になったが、一矢の背中に腕を回して目を閉じた。



「納まるトコに納まったって訳か・・・」
 週明け。見違えるように復活した一矢に、飛雄が言った。
「お前らにもいろいろ迷惑かけて悪かった」
 素直に頭を下げた一矢に、秀悟が1冊のファイルを手渡した。
「悪かったと思うんだったら、黙ってコレを片付けてくれ」
 そう言われてファイルに目をやると、3ヶ月先まで連日ビッシリと出張講習の予定が書き込まれていた。
「マジ、これを俺一人で・・・・?」
「まじ」
 秀悟は一言そう言うと、自分の仕事に戻ってしまった。
「あの・・・シャチョーさん・・・土日祝日まで予定が入ってるんですけど・・・・」
「零細企業は仕事を選んでられないんだ」
 一矢の泣き言は軽く無視されることになった。





「休日じゃないのか?」
「俺は休みだけど、一矢が・・・」
「ふーん・・・バツゲーム状態って訳か・・・」
「そういう望も俺にメールしてきたってことは、垣内さんがいないってことだよね」
「明日は非番って時に殺人事件が起きただけさ」
 二人は顔を見合わせると、ふーっとため息をついた。
「なんだか、俺達の方が恋人同士みたいだよな。恋人とは一緒に暮らしててもすれ違いばかりなのに、ゆづちんとはこんな風にしょっちゅう逢ってるし」
 望の言うことも尤もなような気がする。実際に一矢は今日も休日返上で仕事に出かけていた。ちょっとふて腐れていたところ、望からメールが来たので部屋に招いたのだった。
「ホント言うと、俺はゆづちんみたいにカワイイのをアンアン言わせたかったんだよな」
「え・・・?」
 驚いて目をまん丸に見開いた弓弦に、望はニヤッと笑って顔を近づけてきた。
「まさか自分がヤラレる側になるとは思わなかったけど・・・なぁ、今日は淋しい者同士、慰め合わない?」
 思いがけない望の行為に弓弦は声も出せずにいた。望の金色の髪が弓弦のおでこに触れた時、背後から低い声がした。
「俺のゆづに手を出すな。牧村」
「いっ・・一矢!」
「早かったんだな・・・高倉・・・」
 望は残念そうに弓弦から離れると肩をすくめた。
「今日は1件だけだったからな。そう言えば、さっき垣内さんに会ったぞ」
 一矢の言葉を聞くと、望は弾かれたように部屋から飛び出して行った。