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「牧村先輩・・・」
「お前、高倉んちに泊まったんじゃないのか?」
 ゆうべ一緒に飲んでいた先輩の一人、牧村望(まきむらのぞむ)が窓際の席から手招きしていた。
「え・・と・・・そうですけど・・・」
 しどろもどろに答える弓弦に不思議そうな顔をしながらも、望は自分の向かいの席を勧めた。
 ブリーチし過ぎの金髪に、耳にはピアスがズラリとルーズリーフのように並んでいて、黒のタンクトップに穴だらけのジーンズといういでたちの望は、今時の大学生かフリーターにしか見えないけど、一応保育士だった。お子ちゃまの扱いにかけてはプロと言う訳だ。
 実家がお寺で、広大な敷地内に幼稚園を併設しているのだが、僧侶と天秤にかけるまでもなく、見かけによらず子ども好きの望は保育士の道を選んだのだった。
「高倉は? 一緒じゃねぇの?」
 言われるままに座ったものの、居心地悪そうにモジモジしている弓弦に、遠慮なく望は訊いてくる。
「あの・・まだ寝てらっしゃったので・・・」
 目を伏せた弓弦に、望は探るような視線を向けた。
「あのさぁ、合意の上ならいいんだけどさ・・・・ もしかして無理強いされたとか言う? 先輩だからって泣き寝入りしてるとかじゃないだろうな?」
「―――っ!?」
 驚いて声も出ない弓弦に、望は言った。
「あぁ、別に内緒にしてる訳じゃないけど、俺コッチ側の人なのね。お前らっていつ転んでくるのかなと待ってたのに、お互い女とつきあってるし、全然健全な関係なんだなと諦めてたんだけどさ、いつから?」
 目覚めた時からショッキングなことばかり続いてかなり弱ってたところに、今の一撃で思考回路が完全にショートしてしまった弓弦は口をパクパクさせて、目を白黒させていた。
「はーん。ゆうべが初めてだったって訳か・・・」
「ど・・どうして・・」
「え?」
「どうしてわかったんですか?」
 おどおどと、泣き出しそうな顔で尋ねる弓弦に、望はニヤッと笑って答えた。
「ゆづちん、気づいてないようだから教えてやるけど、シャツのボタン掛け違えてるんだよ。鎖骨のトコにキスマークが見え隠れしてるんだな、コレが・・・」
 望はその部分を人差し指で突ついた。弓弦はシャツをかき合わせるように握り締めて後ずさり、シートの背もたれに貼りついた。
 顔は熟れたトマトのように、見る見るうちに真っ赤になった。
「俺のダーリンがすぐソコのマンションなんだ。ゆうべ、あれから転がり込んだんだけど、今日も仕事でさっき出てってさ。高倉んちもこの近所なんだ?」
 ただひたすら米つきバッタのように頷く弓弦を、望は目を細めて見つめていた。
「高倉のことが好きなのか? 俺はゆづちんの味方だから言ってみな」
 最初から自分一人で解決できるような問題ではなかったので、優しく尋ねられた弓弦はコックリ頷いた。
「実は、俺も今朝まで気づかなかったんですけど・・・」
「はぁ? なんだ、ソレ・・」
 予想外の答えに望は脱力した。
「こんなトコで話す話題じゃないな。モーニング食ったら、俺んちに来るか? なんなら相談に乗るぜ」
 どうしたらいいのか途方にくれていたので、渡りに船とばかりに弓弦はまたコックリ頷いた。