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「そんなことはどうでもイイから、ゆうべ何があったのか、お兄さんに全部話してみ」
 不真面目そうな態度とは裏腹に、優しい保育士さんの顔で望は訊いた。
「それが、全然覚えてないんですけど・・・」
「へっ? 全然、全く、サッパリ覚えてないのか!? マジ!?」
 今時の女子高生に言わせると「ソレってぇ、まじヤバくない? 信じらんなーい。ありえなーい」といった感じだろうか。
 望は目を丸くしていた。
「はぁ・・・・」
 頷く弓弦に本当に信じられない様子の望は大きなため息をついた。
「確かにゆづちん、2軒目に入った時から完璧潰れてたからなぁ・・・で、何で高倉が好きだって気づいたんだ?」
「その・・・だ・・・抱かれて・・嬉しいと思ったから・・・かな・・」
 まだハッキリと自分の気持ちを確信した訳じゃないので曖昧だとは思ったけど、弓弦は今の正直な気持ちを打ち明けた。
「まぁ、カラダから始まる恋ってのもアリ、だけどな」
 望は肩を竦めた。
「そんなにヨかったのか? って、全然覚えてないんだっけな・・・」
「はぁ・・・・」
 弓弦はまた申し訳なさそうに頷いた。
「ゆづちんは、ずっと高倉に憧れてたって公言してたもんな。むしろこうなるのが遅すぎたのかもしれないな」
 望が優しく頭を撫でてくれるのが気持ちよくて、弓弦は目を閉じた。
「ゆづちんー。他の男の前で絶対にそんな顔するなよ。ソッコー食われるぞ」
 意味がわからなくて、弓弦は首をかしげた。
「ホラ・・・そんなカワイイと、ネコの俺でも男の本能思い出して襲いかかりたくなるって」
 望は苦笑しながら弓弦の肩を抱き寄せると、口唇をついばんだ。
「なっ・・なっ・・・」
 弓弦は両手で口を押さえて目を白黒させた。
「先輩ヒドイよ・・・キスは大好きな人としかしちゃダメなのにぃ・・・」
 涙目になって抗議する弓弦に、望はプッと吹き出した。
「俺は大好きだぜ。ゆづちんのこと。でも、これは恋人のキスじゃねーもん」
「え・・?」
 訳がわからずに首をかしげた弓弦の口唇に、もう一度ついばむだけのキスを落として、望は言った。
「ゆづちんは、今のキスの向こうにセックスを感じた?」
 そう言われてみると、そんなセクシャルなキスじゃなかった。弓弦はフルフルと首を振った。
「そういうこと。恋人のキスはもっとドキドキするだろ。身体の中から血液が沸騰するみたいに熱くなるし」
 望にそう言われて、自分がかつて恋人にしたキスは恋人のキスじゃなかったのだと思い知らされて、地獄の入り口まで落ち込んでしまった。
「あれ、ゆづちん。どうしちゃったの?」
 どす黒い雲をまとってうな垂れてしまった弓弦の目の前で、望はヒラヒラと手を振った。





「またかよ・・・」
 あれから何度電話をかけても弓弦は出てくれない。いつも留守番サービスに繋がるのだ。着信拒否されている訳ではないが、伝言を吹き込んでおいても返事はなかった。
「コレって嫌われたってことか?」
 酔ってたとはいえ、抱きついてきたのは弓弦の方だった。誘うようなことを口にしたのは一矢からだったが、弓弦も嫌がりはしなかったはずだ。それどころか、初めてだろうに後ろであれだけ感じていたじゃないか、と一矢は段々腹が立ってきた。