「望ぅ・・・どうしよう・・・・」
何度目かの一矢の電話も無視する形になってしまって、弓弦は泣きそうな顔になっていた。
「一度くらい出てやってもいい頃かもな。高倉もかなりイライラしてるはずだぜ」
望はニヤっと口唇の端を持ち上げて笑った。
相談に乗るというより、おもしろがってる望とは、あれからちょくちょく会っていた。
望のダーリンとやらは、なんと、捜査1課の刑事さんだそうで、必ずしも休日が一緒になる訳じゃないらしく、退屈しのぎとして弓弦がいつも呼び出されていたのだった。
「でも、出て何て言えばいいんですか?」
折角の一矢からの電話を無視するのは心苦しいけど、出ても何を話せばいいのかわからない。弓弦は困惑していた。
「素っ気無く『何の御用ですか?』とでも言ってやればいいんだよ」
あっさりと望は言うけど、そんな風に言える訳ない。弓弦が口唇を尖らせると、望は弓弦の頭をクリクリ撫でた。
「まぁ、今夜は飲みに行こうぜ。これからの作戦を立てなきゃならないしな。優しいお兄さんが奢ってやるからさ」
連れて行かれたのはチェーン展開されている安価で有名な居酒屋だったので、甘えることにした。
これで出てくれなかったら、もう二度と弓弦には関わらない。一矢はそう決めて、弓弦に電話をかけた。
『・・はい・・』
久しぶりに聞く弓弦の声は、心なしか震えているように感じた。
「随分忙しいようだな。全然返事もくれなかったじゃないか」
つい責めるようなことを言ってしまって、しまったと思った。弓弦が口唇をかみ締めているのが見えるような気がした。
『すいません・・・気になってたんですけど・・・』
それきり弓弦が黙り込んでしまって、会話が続かなくなったので、一矢は本来の目的を思い出した。
「今夜、時間あるか? よかったらメシでも一緒にどうだ?」
『え・・・と・・また折り返し返事させてもらうってことでいいですか?』
そう言われてしまったら、頷くほか無い。一矢はなるべく早く返事をくれるように言って、電話を切った。
「ど・・・どうしよう・・」
弓弦はそのまま望に電話をかけた。
『行けば? 俺のことはイイからさ。そろそろお前らも、どうにかならなきゃな。健闘を祈ってるぜ。あ、報告忘れんなよ』
望と逢う約束になっていたが、そう言われたので、一矢に返事の電話をかけた。
『じゃあ、これから会社に戻ってスグ上がるから、6時半に駅の東口でいいな?』
学生の自分と違って一矢は仕事をしている。もうあの頃のようには付き合えないほど一矢は大人になってしまったのかもしれない。そう思うと弓弦はなんだか淋しくなった。
携帯を閉じて、一矢は大きく息を吐き出した。思ったより緊張してたようで、自分でも驚いた。
生まれて初めて女のコをデートに誘った時だって、これほど緊張しなかったかもしれない。
「なんだかなぁ・・・」
つぶやいた時に、今閉じたばかりの携帯が鳴った。
『いつまで油売ってんだ!? 終わったならさっさと戻って来い。一矢』
「後15分で着く」
そう返事すると、一方的に通話を切った。