「でも、子猫ちゃん嬉しそうだったぜ。初めてお前の方から触れてくれたって・・・」
「えっ?」
「ここまで言ってもわかんない? 俺、あのコのアドバイザーなの。どうしてもお兄さんとしか思えないんだってさ。だから、お前が見た教室でのキスってのは、煮え切らないお前の背中を押すための芝居だったって訳」
「中村・・・」
琢磨はニヤッと笑うと裕にパンチをお見舞いした。本気でないのはすぐにわかった。
「効果抜群だったようだな。おかげで気付いたんだろ? 自分の気持ちに。コレは子猫ちゃんに乱暴した罰だ。二度と泣かせるんじゃないぞ」
「ごめん・・・中村・・・お前も恵史のことを・・・」
裕は頬をさすりながら琢磨を見つめた。
「勘違いするなよ。お前がどんなに悩もうと知ったこっちゃないけど、俺には入学した時から心にきめた人がいるんだ。子猫ちゃんはその人に似てるから、ほっとけなかっただけさ」
いつになく真剣な顔で、琢磨は言った。
「ありがとう。中村」
「いいってことよ。【待合室】のブルマンでチャラにしてやるよ」
「あぁ、わかった」
裕は琢磨とガッチリと握手した。
不意に声が聞こえたような気がして、裕が振り返ると恵史が頬を染めて立っていた。
「あの・・・僕・・・」
「恵史・・・」
「子猫ちゃん・・・聞いてたの?」
コクンと頷いた恵史は、口を開くととんでもないことを言った。
「僕・・・数学が赤点だった・・・」
「えっ!?」
裕と琢磨はユニゾンで声を上げると、お互いの顔を見合わせた。
「まじ? 子猫ちゃん。前は満点だったじゃない」
「だって、今度は裕先輩が教えてくれなかった・・・」
恨めし気に恵史は裕を見上げた。
「ホントに数学苦手だったのか?」
「そうですよ。だから言ったでしょう?」
「来いっ! 恵史」
裕は恵史の腕を掴むと、屋上に向かった。残された琢磨は恵史にウインクを飛ばした。
「すまんっ!」
夏の陽射しが照りつける屋上に上がると、裕はいきなり土下座した。
「ゆっ・・・裕先輩っ!?」
「あの時は乱暴にして悪かった。謝って済むことじゃないけど、ゴメン!」
深々と頭を下げる裕に、恵史は驚いて自分も膝をついた。
「やめてください。こんなこと・・・僕、困ります・・・」
「許すと言ってくれ! 頼むっ!」
「許すからっ! だから・・やめて・・・先輩」
恵史の許しを得て顔を上げた裕は、困惑顔の恋人を抱き締めた。
「せっ・・・先輩っ!?」
「裕だよ・・・これからはそう呼べ」
「だ・・・だって・・・」
恵史の頬は暑さばかりの所為でなく、赤く上気していた。
「恋人同士だろ? 俺達」
裕の言葉に、ハッと目を見開いた恵史は、次の瞬間花開くように微笑った。