「裕・・僕もう行くね・・・また帰りに・・・」
そう言って、恵史は1年の校舎に向かって駆け出した。その後ろ姿を見送っていた裕は、琢磨に思いきり背中を叩かれた。
「いってぇー! ナニすんだよっ!? この野郎」
「ゆ・た・か、だと!? この野郎は、お前の方だ! 重ね重ね見せつけやがって、まじ、腹立つな。サンドイッチにケーキもつけやがれっ!」
殴られた理由が、嫉妬だとわかって、裕は相好を崩した。つい、にやけてしまう。
「許せ、中村。愛されちゃってんだからさ」
「あーあー、すっかりネジが緩んじゃって・・・かつて付き合った女のコ達が見たら、ビックリしそうだぜ。締まりがないって」
「ゲッ、そうか?」
「まじ・・・でも、よかったよ。あのコの笑顔が戻って・・・」
ふと見せた、琢磨の淋しそうな笑顔に、裕も真顔になる。
「中村・・・お前まじで恵史のこと・・?」
「違うって・・・言っただろ。俺には入学した時から、心に決めた人がいるって。あのコにとっても、俺はお兄さんの一人なんだよ」
「げ・・・これ以上兄貴はいらないっての。今でも強烈に溺愛してる兄貴が3人もいるってのに・・・」
琢磨が大笑いするのを、裕はげんなりと眺めていた。
【待合室】のカウンター席に陣取って、琢磨と恵史はブルマン(もちろんサンドイッチ&ケーキ付き)を前にして、ニコニコしていた。裕の前にはキリマンのみ、湯気を立てていた。
「恵史はしばらく見ない間に、随分変わったね。ひょっとして、原因は熊谷君なのかな?」
マスターの雅人が、全てを見通すような眼差しで裕の顔を覗き込んだので、思わず仰け反った裕は、椅子ごとひっくり返りそうになった。
「聞いてくださいよ。雅人さん。熊谷ったら、俺が弟のように可愛がってる子猫ちゃんを一人占めしただけじゃ飽き足らず、こんないたいけなコに手を出しちゃったんですよ。それで、こんなにキレイに大変身を遂げたって訳なんす」
裕は頭を抱えた。恵史は頬を染めて俯いた。
「手・・・手・・手を出したって・・・・・ソレって・・・・」
雅人は顔面蒼白になっている。琢磨は恵史が雅人の甥だとは知らなかったので、得意げに暴露してしまった。
「ヤだなぁ。今時ゲイくらいで、そんなに驚かないでくださいよ、雅人さん。偏見はよくないよ」
気の毒な雅人は、琢磨の言葉に、目を見開いたまま絶句してしまった。
「中村・・・今頃言っても遅いんだけどさ・・・ここのマスターって、恵史の実の叔父さんなんだ」
裕が耳打ちすると、琢磨は椅子からずり落ちた。
「まじっ!? そんなジョーダンみたいなこと・・・」
恵史が真赤な顔をしたまま頷いたので、琢磨は裕が嘘を言ってないことがわかった。
「ごめん・・・雅人さん・・・・知らなかったとはいえ、俺・・・」
項垂れる琢磨の隣の席に崩れるように座り込んだ雅人は、ひとつ大きなため息をついた。
「あーぁ・・・恵史まで大人の仲間入りしちゃったのか・・・・祝福していいのやら、悪いのやら・・・叔父としては複雑だな・・・」
ポツンと呟いた雅人は、淋しげな微笑を浮かべた。恵史に似ているが、成熟した大人の輝きだった。
琢磨は息を飲んで、その横顔に見惚れていた。
裕は琢磨のその表情で、彼の想い人が誰なのかがわかった。