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 ゆっくりと快感の余韻が去って閉じていた目を開けると、恵史が覗き込んでいた。口唇の端から伝い落ちる白濁は、まぎれもなく自分が放ったもので、裕はその淫らさにどきまぎした。
「裕。よかった?」
 手の甲で飲み込みきれなかった欲望の証を拭いながら恵史に尋ねられて、裕は頷くしかなかった。
「こんなことどこで覚えたんだ?」
「兄さまに教えてもらった。こうしてあげないと逃げられるぞって。されてばっかりじゃダメなんだって。お互いが気持ちよくならなきゃ意味がないんだって。そうなんでしょ?」
 恵史の言葉に裕は絶句した。真崎兄弟には驚かされてばかりだ。
「それって、俺のこと認めてくれてるってことなのか?」
 恵史はコクンと頷いた。
「僕は真崎の末弟で家業を継がなくてもいいので、自分の生きたいようにすればいいって、兄さまや姉さまがいつも言ってくれてて・・・男同士じゃ結婚はできないけど、添い遂げることはできるよって教えてくれたし、両親も説得してくれたから・・・」
 恵史の言葉に俺は度肝を抜かれた。
「ちょっと待て・・・両親も公認なのか?」
「はい・・・無下に反対して自殺や駆け落ちされたらどうするんですって、兄さまが・・・」
 恵史の言葉に俺は脱力した。
「親を脅迫してどうするよ?」
 しかし、根が楽天的にできている裕は、反対されてないならラッキーじゃんと思うことにした。
「幸せにできるかどうかわからんけど、ついてきてくれるか?」
 恵史はその言葉に、最近とみに綺麗になったと評判の極上の笑みを浮かべ、裕にくちづけた。
「幸せにして欲しいなんて言わない。僕は裕と一緒にいられるだけで幸せだから。でも、もっともっと幸せになるように二人で努力しよう?」
 プロポーズにOKの返事が貰えて、裕は再び恵史の身体を組み敷いた。
「続きしようぜ・・・」
 耳元で吐息を吹きかけるように囁くと、恵史はうっとりと目を閉じた。甘く長い時間の始まりだった。


「いらっしゃいませ。あ・・・裕、中村先輩」
 夏休みに入って 恵史が[待合室]でバイトを始めて10日。裕と琢磨も毎日のように通い詰めていた。補習が終わるとやってきてはカウンターの上にテキストや問題集を広げ、恵史のバイトが終わるのを待っていた。
「気になるか?」
 琢磨が入学以来ずっと想っているのが雅人だと気付いてから、裕は密かに応援していた。さっさとコクッちまえよとアドバイスするのだが、琢磨はまだ時期じゃないからと、ただ見つめるだけだった。
 36という年齢の割に若く見える雅人は、現在フリーということもあって、女性客が秋波を送ることもたびたびで、琢磨をやきもきさせていた。今も、レジを打つ雅人に誘いをかけている女性がいたのだ。
「気になるさ。お前だってマリアちゃんがヘンな奴に声掛けられてたら、拳を握り締めてるクセに」
「うっ・・・・」
 図星を突かれて、裕は苦虫を噛み潰したような顔になった。
 そうなのだ。美形二人がいる店だと評判になって、最近では客足が増えていた。雅人には女性客が、恵史には男性客が主に声を掛けていた。
「フン! 俺はイイんだよ。近い将来一緒になるって約束してるしな」
「ぬぁに!?」
 琢磨はこれ以上無理だというくらいに目を真ん丸にして、口をポカンと開けた。
「事実上の結婚ってヤツか? 俺が大学を卒業してちゃんと仕事ができるようになったら、一緒に暮らすんだ。恵史の両親にもOK貰ってるしな」
 裕の言葉に、琢磨は真剣に悔しがった。
「羨ましいぜっ! 俺だって雅人さんと一緒に暮らしてぇっ!」
 思わず叫んでしまった雅人は、背後に冷気を感じて振り返ると、そこには怒りのオーラを纏った雅人が立っていた。