「熊谷先ばーい! 待ってくださーい!」
始業式にぶつかってからというもの、裕は恵史に懐かれて付きまとわれていた。クラスメートには『宗旨変えか?』などとからかわれる始末で、はっきり言って思いっきり迷惑していた。
「俺ぁ、これからクラブがあんだよ」
「はい。僕も先輩と一緒に写真部に入ろうと思ってます。だから、先輩が部室に連れていってくださいね」
「なんだと?」
「よろしくご指導ください。お願いします。先輩」
30センチの身長差をものともせず、ズレている後輩は極上の笑顔で見上げてくる。裕はドッと疲れが圧し掛かってくるのを感じた。
「なぁ、なんでお前は俺なんかに付きまとってるんだ? いい加減迷惑してるんだがな」
裕がどんなに凄んでみてもニコニコしているだけで、柳に風、糠に釘、暖簾に腕押し、といった具合で全然堪えていない。それどころか公衆の面前で『僕、先輩のことが好きなんです』などと宣言されてしまって、身体中の血液が沸騰するぐらい恥ずかしい思いをさせられたのだ。
「だから、なんで俺なんだよ」
「だって・・・先輩って大きくて、逞しくて・・・カッコいい・・」
ウルウルした目で見上げられると、ゲンナリする。
「俺はホモじゃねえって言ったよな」
「はい。前に聞きました」
「おっ!? 意味を教えてもらったのか?」
「はい。兄様に・・・僕、びっくりさせちゃいました」
そりゃそうだろう。目の中に入れても痛くないほど猫っかわいがりしている末の弟に、いきなり『ホモってなんですか?』などと聞かれたら、誰だって腰を抜かすほど驚くに違いない。
「何か言われなかったか?」
恐る恐る裕は尋ねた。
「好きな男がいるのかって・・・」
その続きを訊くのが怖かったが、裕は敢えて質問した。
「で、お前は何て答えたんだ?」
「もちろん、とても好きな先輩がいます、と・・・」
『いきなりカムアウトかよ・・・』
裕は頭を抱え込んだ。
「ほぉ、それについて、兄貴はなんて?」
「僕の選んだ人なら祝福するよと、涙を流して喜んでました」
「そりゃ泣く意味が違うぞ・・・じゃなくてっ! 何で祝福なんだっ!? お前ンち、変だぞっ!」
目の前の後輩がズレてるのは、家庭自体がズレてるからなのかと、裕は目の前が真っ暗になるのを感じていた。
「どうしてですか? 僕、先輩とのことを兄様に祝福してもらえて嬉しかったです」
「しゅ・・・祝福って・・・祝福ってな、お前・・・俺とキスしたりそれ以上とか・・・とにかくイタしたいなんて思ってるんじゃねぇだろうなっ!?」
露骨な言葉を避けたあたり、裕にもそれなりの分別があったようだ。
「キス・・・・? どうしてそんなことを?」
「ホモなんだから、そうだろうがっ!」
「それ以上って、何ですか?」
裕と恵史のトンチンカンな問答に、成り行きを見守っていたヤジ馬達は堪えきれずに吹き出し、教室中大爆笑の渦に巻き込まれた。