「裕ぁ、まだ手をつけてなかったのか?」
「これから直接指導してやったらどうだ?」
クラスメートがからかうのに、裕は完全にキレた。
「うっせえっ! どいつもこいつもバカにしやがって!」
「あのぅ・・・どなたもバカにはしてらっしゃらないと思います」
「ギャハハハハッ! このボケ具合、サイッコーな子猫ちゃんだぜ。裕にゃもったいねぇな」
「ホントホント、美人だしな」
「ねえねえ、子猫ちゃん。裕みたいなガサツなのやめて、俺とおつきあいしない? 可愛がってやるぜ」
「ありがとうございます、先輩。でも、これからクラブがあるので、また今度誘ってください」
ニコッと微笑った恵史に、ヤジ馬からため息が洩れた。
「ハイハイ、じゃあまた今度ね。子猫ちゃん」
「僕、真崎恵史といいます。子猫ちゃんじゃありません」
子猫ちゃん呼ばわりされて、恵史は頬を膨らませた。
「真崎って、あの真崎産業の関係者かい?」
「はい。末弟です」
「うっひゃー! 裕、お前とんでもないのに魅入られてしまったじゃん。御曹司だぜ。御曹司」
「俺には関係ない」
裕は素っ気無く言った。
「先輩。早くしないと始まっちゃいますよ」
「うるせぇ、お前の所為だろうがっ! えぇいっ、今日はフケるぞ!」
鞄を掴んで立ちあがろうとした裕の腕に恵史はしがみついた。
「ダメですよぅ。ちゃんと連れてってくださらないと、僕迷っちゃいます」
「そうよそうよ。裕センパイ。可愛い後輩の面倒はちゃんと責任を持って見なきゃ。ねぇ、皆さん」
「ええ、そうですとも」
調子に乗ったクラスメートは、裕をからかい出した。
「ウガーッ!」
「ゲッ、裕がキレた」
仁王立ちになった裕に身の危険を感じて、クモの子を散らすようにクラスメートは逃げ出した。
恵史はその様子を目をまん丸にして見ていたが、裕に抱きつくと背中をポンポンと宥めるようにたたいた。
「ヨシヨシ、先輩落ちついてください」
「!」
「早く、クラブに行きましょう」
裕は大きなため息をついた。
「何かマイペースなお前に巻き込まれちまってるな・・・一人で怒って騒いでる俺がバカみたいだ」
「そんなことないです。先輩はカッコよくて素敵です」
恵史は裕の胸に顔を埋めたまま、言った。
「大きいヤツなら俺じゃなくても、他にもたくさんいるだろうが」
嘆息まじりの裕の言葉に、恵史はガバッと顔を上げるとブンブンと首を振った。
「他の誰でもない、裕先輩じゃなきゃイヤだっ! 僕は、裕先輩が好きなんだから・・・」
潤んだ目で見上げる恵史は、誘っているつもりはないのだろうが、無意識な分、タチが悪いなと裕は思った。
「じゃあ、キスしてみるか?」
裕が顎に指をかけて上を向かせると、恵史は頬を染めながらもそっと瞼を閉じた。
「バッ、バカか!? お前は。真に受けてんじゃねぇよっ!」
目を閉じた恵史があまりにも可愛くて、思わずキスしそうになった裕は、ドキドキし始めた鼓動を知られたくなくて、乱暴に小さな後輩を突き放した。
「行くぞ。後輩」
裕は踵を返すとスタスタ歩き出した。恵史は残念そうに目を伏せると裕の後を追った。