22

「壊れたって・・・・・?」
「流産してしまった彼女は毎日泣いてた。僕が、子どもはまたできるからって慰めてもダメだった。テレビで赤ちゃんが出てきても、雑誌で赤ちゃんの写真を見ても泣くんだ。そのうち段々と奇妙な行動を取るようになってきた」
 雅人は淡々と話し続けた。琢磨はそれに違和感を覚えたが、黙って聞いていた。
「人形を抱いて1日何もせずじっとしたりしてたかと思うと、急に泣き喚いたりして・・・医者にも相談して薬も貰ってた。でも仕事から戻って来ても彼女がそんな状態だから、いい加減僕もストレスも溜まってた・・・・・見かねた彼女の両親が連れて帰ってくれた時には、正直ホッとしたよ」
「彼女は今どうしてるの?」
 琢磨が思わず聞くと、雅人は笑みさえ浮かべて答えた。
「亡くなったよ。自殺したんだ。貰ってた薬を一度に全部飲んで、手首を切ってね。連絡貰って駆けつけた病院で彼女の死に顔を見た時には笑いが止まらなかったよ」
「雅人さん・・・アンタ・・・何言ってんの?」
 困惑する琢磨に、ドアを指差して毅然と雅人は言った。
「僕はこんなにも薄情な男なんだよ。君に全然ふさわしくないんだ。さあ、わかったろう。もう帰りなさい」
 突き放すような雅人の態度に琢磨はキレた。
「ザケんじゃねぇよっ! さっきも言ったけど、俺の気持ちを無視して好き勝手言ってんじゃねぇっ! アンタ、自分が今どんな顔してるのかわかってんのか? 泣き出す寸前の迷子のガキみてぇに情けない面してるクセに、俺のことをガキ扱いするな!」
 琢磨の、アンタ呼ばわりの剣幕に怯えた雅人はソファの上であとずさった。琢磨は逃がさないぞというように、その腕を掴んで引き寄せた。
「アンタ、泣いてねぇんだろ? なんか違和感がすると思った・・・・男だって大人だって、泣きたい時には泣いてイイんだ」
「中村君・・・」
「彼女はさ、アンタの嫁さんでいることより母親でいたかったんだ。だから子どもの元へ行ったんだよ」
 雅人は両手で顔を覆った。琢磨は雅人の頭を自分の胸に攫い込んだ。
「泣き顔見られたくないなら、こうして抱いててやるから思う存分泣いちまえ。俺は子供が産めないから、ずっとアンタの傍にいて一生アンタだけを想っててやるから・・・」
「な・・中村・・くん・・・」
「俺をアンタの好みの男に育ててよ。俺スグに大人になるから・・・」
 堰を切ったように泣き出した雅人を抱き締めながら、琢磨の手は背中をなで続けた。
「中村くん・・・中村くん・・・・」
「無粋だなぁ・・・恋人になったんだから、琢磨って名前で呼んでくれよ・・・」
「琢磨・・・琢磨・・・琢磨・・・」
 長年の想いが叶った琢磨の顔は喜びに輝いていた。


 10年分の涙を流し尽くした雅人が琢磨に連れられて部屋から出てくると、恵史と裕が店じまいをしているところだった。
「おっ・・・その様子だと上手くいったんだな?」
 琢磨がニッと笑って親指を突き出すと、裕も同じように返した。
「よかったですね。中村先輩」
 恵史の祝福に、雅人が反論の声を上げた。
「勝手なことを・・・僕は承諾した覚えはないぞ」
「マスター・・・目の縁を染めて言っても、全然説得力ないって・・・」
 裕がからかうと、雅人は首まで真赤になって抗議した。
「大人をからかうんじゃない!」
「雅人さん・・アンタの時間は10年前から止まってたの。だから実年齢ほど年の差はないのさ」
 琢磨がウインクすると、雅人は悔しそうに口唇を噛んだ。
「琢磨なんか、精神年齢は実年齢より高いクセに・・・」
 悔しそうに呟く雅人が子どものようで、みんなで声を上げて笑った。