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 ゴールデンウィーク。
 裕はデートに明け暮れていた。本来ならば、受験生なので勉強しなければいけないのだが、家にいると恵史から電話がかかってきそうで、相手を日替わりにして楽しんでいた。
「ねぇ、裕って誰か好きな人ができた?」
 前評判程おもしろくなかった映画を見た後で入った喫茶店で、今日のデートの相手である希が訊いてきた。
「あー? 俺、希ちゃんのこと好きだぜ」
「ウソばっかり。雅美に聞いたんだから。昨日、どこか上の空だったんだって? 今日だって・・・映画面白くなさそうにしてたじゃない。白状しなさいよ。ウチの誰か? それとも蘭山のコなの?」
 裕は面食らってしまった。昨日デートした雅美がそんなことを思っていたなんて、気付いてなかったからだ。その上、それを人に話していたなんて、想像の範囲を越えていた。
「雅美ちゃんと仲イイんだ?」
「まあね。ゆうべ電話かけてきたのよ。裕とデートしたって。お互いに裕狙いだったし、自慢したかったんでしょうけど、アタシも明日デートするって言ってやったわ。でも、雅美の方が先だったって言い返されて、激ムカだったけど」
 裕は一気に疲れるのを感じた。
『人のいないところで、一体何をしゃべってるんだ。コイツらは。アイツとならこんなイヤな疲れ方はしないっての』
 そう思って、裕は愕然とした。
『アイツって・・・・アイツって・・?』
「どうしたの? 裕、顔色が悪いわよ」
 うろたえている裕に、希は怪訝な顔をした。
「いや・・・なんでもない・・・」
「やっぱり好きな人がいるのね。もしかして、雅美・・?」
「違うって言ってるだろっ! あんな女、好きじゃない!」
 裕が大声を出したので、希だけでなく、店中の視線が集まった。
「驚いた・・・・裕がこんなに取り乱すなんて・・・チョー得した気分って感じ? 雅美に自慢しなきゃ・・・」
 嬉々としている希に、裕は頭を抱えた。
「勘弁してくれよ。マジ、好きなコなんていないってば・・・」
「わかってるって。好きじゃないけど気になる人がいるのよね?」
「う・・・・・?」
「応援するわ。裕のファンの一人として。だから、その人の名前を教えて? アタシや雅美の名前じゃないと思うけど・・・」
 裕はフルフルと首を振ることしかできなかった。


「裕せんぱーい。お久しぶりです。逢えなくて淋しかったです」
 ゴールデンウィーク明け。いつものように恵史が懐いてきた。
「俺はお前に逢わないでせいせいしてたがな」
「冷たい・・・先輩。僕、先輩みたいな写真が撮れるように、一生懸命頑張ってたのに・・・」
「バーカ。俺サマに追いつこうなんて、100年早いっての」
 裕は笑いながら恵史の髪をクシャッと撫でた。恵史は子猫のように首を竦めた。
「ねぇ、一度先輩の写真を撮らせて下さい」
 恵史に縋りつくような眼差しで見上げられて、裕はドギマギした。希に言われた言葉が意識の隅に張りついていた。
 好きじゃないけど気になる人・・・
『違うな・・・好きになられて、気が滅入ってるんだからな・・・・』
「ヤーダ。俺は撮られるより撮る方がイイの。それに、中間テスト前でクラブ停止期間だろうが・・・」
「いじわる・・・僕の宝物を破ったくせに・・・」
「あんな恥ずかしい写真なんか、持ってるんじゃねぇよ」
「じゃあ、今日は勉強教えてください! それならいいでしょう?」
「うっ・・・そう来るか?」
 思わぬ反撃に出られてしまった。
「僕の家と図書館と、どっちがイイですか?」
「図書館・・・」
 畳み掛けられて、裕はぶすくれて答えたが、断るという選択肢があることを失念していた。