「いきなり抱きついたって、恵史が・・・? 嘘じゃなく?」
「本当です。だって、先輩が優しい言葉をかけてくれたし・・・こんなに大きくてカッコいいから・・・」
「一目惚れってことだね・・・」
マスターの言葉に、恵史は頬を染めて頷いた。
「ちょっと待てっちゅうの! 俺はホモじゃねぇって言ったろうが!」
「知ってます。さっきの人が彼女なんでしょう? 僕、お似合いだと思いました。」
ニコッと笑う恵史に、マスターは首を傾げた。
「うーん、ズレてるよねぇ。まだまだお子様ってことかな? 純粋に先輩として慕ってるだけなのかも・・・」
「全く、親戚ならこのお子様を、ちゃんと教育してよ。マスター」
「いや、その役目は先輩の君に任せたよ。熊谷君。甥っ子をよろしく」
ペコっと頭を下げられて、裕はげんなりとため息をついた。
「ねぇ、先輩。この問題なんですけど・・・」
恵史が裕の顔を覗き込んで訊く。いきなりそばかすが目の前に現れるので、裕はドキッとした。
つきまとわれて煩わしく思っているものの、恵史は可愛らしい容姿をしている。女の子だったなら間違いなく手を出していただろう。
しかし、いくら可愛くても自分と同じモノがついている恵史とどうにかなるなんてことは、天地がひっくり返っても裕には考えられなかった。
それなのに、ただ覗き込まれただけでなぜこんなにドキドキしたのか。自分でも訳がわからなくなってきた。
「あー・・・コレか・・・こっちの公式の応用だな・・・・」
角張ったクセのある字で、裕は問題を解いていく。
「ちょっとひねった問題だからひっかかりやすいけど、ホラ、この数字をココに入れて・・・・こうしたら・・・どうだ?」
恵史の顔がパッと輝く。
「ホントだ・・・先輩ってスゴイ・・・・僕、数学苦手だから尊敬しちゃいます。テストまで毎日教えてくださいね。お願いします」
尊敬に目をウルウルさせてお願いされて、裕は「ゲッ」と小さく叫んだ。
「毎日かよ・・・俺もテスト勉強しなきゃならないんだけど・・・」
呆れ顔で裕が言うと、恵史は叱られた子猫のようにシュンと項垂れた。
「どうしよう・・・赤点になっちゃう・・・・」
「わーった! わーったから、そんな顔するな! 俺がいじめてるみたいだろうがっ!」
思わず叫んだ裕は、周りから「シーッ!」と咎められた。
気分は悪魔に魅入られた保育士といったところか。裕は被害妄想に陥った。
無事(?)中間テストも終わり、結果が張り出された朝、琢磨が息せき切って教室に飛び込んで来た。
「おい、熊谷。お前の子猫ちゃん、スッゲエ秀才じゃん。トップだぜ。トップ。しかも、全科目一番!」
「なんだと?」
裕の目が驚きに見開かれた。
「全科目って数学もか?」
「あぁ、数学は満点だったぞ」
琢磨の答えを聞いて、裕はプチッとキレた。
「騙しやがったな・・・あのクソガキ・・・・・」
そこに恵史の暢気な声が聞こえてきた。
「裕先ぱーい。おはようございますぅ」
恵史は、怒りの為に強張っている裕に抱きついた。そして広い胸に思う存分頬ずりしてから、うっとりと顔を上げた。
「裕先輩?」
凄い形相で自分を見下ろしてる裕に、恵史は戸惑った。