10

「キングは5年前に死んで、今はキングの子どものプリンスがいる」
 建機がそう言うと、橘は悲しそうに眉を寄せた。
「そう・・・死んじゃったのか・・・」
「老衰だったから・・・苦しまずに逝ったのがせめてもの救いだって、おばさんが言ってた」
「そう・・・幸せな一生だったんだね・・」
 橘はスンッと鼻をすすった。
「センセー、泣いてんの?」
 目の縁を赤くしている橘に、建機は驚いた。
「泣かないでよ・・・困るよ・・俺・・」
 まさか、泣かれるとは思わなかった建機はうろたえてしまった。慰める方法は一つしか知らなかった。
「っ!?」
 いきなり建機の胸に抱き留められて、橘は驚いた。
「やっぱ、センセー可愛い・・・」
 橘の頬に残る涙の跡を口唇で辿り、建機は震える口唇をそっと塞いだ。
「たたたたた、たっくんっ!」
 驚いて涙の止まった橘は、建機の腕から逃れようと身体を捩った。
「逃げないで!」
 両腕に力を込めて拘束を強くすると、橘は怯えたように身体を震わせた。
「教えて、センセー・・・俺、どうしたらイイ? ねぇ、センセー・・」
 建機は声も出ないほど驚いている橘をラグの上に押し倒した。
「わかんないから、このまま抱いちゃってもイイ?」
「どっ、どどどどど」
 建機の言葉にギョッとなった橘は、泡を食って逃げ出そうともがきだした。
「センセー、パニクるとどもっちゃうんだ?」
 体格の差が災いして、橘はじたばたしているものの、建機から逃れることができずにいた。
「こっ・・こここ」
「センセー、ニワトリのマネ?」
 クスクス笑いながら、暴れる橘を組み敷いて、建機は金魚のようにパクパクしている口唇を再び塞いだ。
「んんっ・・」
 悲鳴は建機の口唇に吸い取られ、怯える舌はねっとり絡め取られ、橘は身体の奥に火を点けられたように感じた。

「あっ・・・たっくん・・・やめっ・・」
 建機の手が橘の身体のラインをなぞるように下りていく。シャツの裾をくぐって素肌に触れると、橘の身体は電気に触れたように跳ねた。
「こっ・・こここここ」
 建機が圧し掛かっているので、逃れることもできずに、橘はパニックに陥っていた。
「こ? さっきからニワトリみたいだけど、一体何が言いたいの? センセー」
 ニヤリと笑って、からかうような口調で言った建機に、橘は悔しいのか口唇を噛んで涙を浮かべた。
「こんなことをしてはいけないって言いたいんだっ!」
 我に返った橘は一気に教師モードになって、怒鳴った。
「まだ高校生のクセに、こんなことをするなんて、早すぎるだろうっ! さっさと放しなさいっ!」
 頭に血が上ってしまっている立花は、その怒鳴り声が華子に聞こえるかもしれないということを失念していた。
 建機が上ったときにはギシギシと軋んでいた階段を、小柄な華子はトントンと軽やかに登ってきた。
「大きな声を出して、一体どうしたの? ケンカでもしてるの?」
 ドアが開いて、華子が顔を覗かせた。建機は橘に圧し掛かっていて、ケンカと思われても仕方ない状態だったので、建機の顔から血の気が引いていった。
 しかし・・・・
「あらあらあらあら、こんなに大きくなったのに由良ちゃんに抱っこされたりして、建機ちゃんはいつまでも甘えん坊のままね」
「おっ・・おばあちゃま!」
 助かったと思っていた橘は、華子の暢気な言葉に悲鳴を上げた。
「おばあちゃまはもうおふろに入って寝るわね。建機ちゃんも遅いから泊まって行けばいいからね」
「はい。ありがとうございます。そうさせていただきます。おやすみなさい。おばあちゃま」
 華子が味方について百人力を得た建機は、にっこり笑って華子を見送った。