「っ・・・」
久しぶりに見た子どもの頃の夢に、橘は起き上がり、ため息をついた。
「たっくん・・・」
『帰りなさい』と言った時に、傷ついたような顔をした建機を思い出して、橘の胸は罪悪感に痛んだ。
「なんで、今頃・・・・」
子どもの頃の約束なんて、相手が覚えていなかった時点で無効になったはずなのに、どうしていつまでも囚われているのだろう。
たとえ建機が約束を覚えていたとしても、そもそも男同士で結婚なんてできない。
それに、建機はもう自分の手を必要としている幼児じゃない。とうの昔にわかっていたはずなのに。
「いつまでも後ろばかり見てちゃダメだってことだな・・」
このままでいてはいけない。過去に囚われずに、未来に向かって一歩を踏み出すんだ。
橘はある決心をした。
いつも何か言いたそうな表情で、橘は自分のことを見ていた。
覚えてもいないような昔のことが原因だろうけど、自分にはどうすることもできない。
建機は歯がゆさにじれったく感じていた。
そんなジレンマがそろそろ最高潮に来ていた頃、下級生からラブレターを貰ったが、胸に渦巻くイライラもやもやで、応える気にもなれずにそう返事したが、キスひとつで諦めてくれるというので、それでカタがつくならとキスしたところを、橘に目撃されてしまった。
これも神の導きと、直接本人にあの頃のことを聞き出そうとしたところ、子ども扱いされてキレてしまって、つい責めるような言葉を吐いてしまった。
あの時の橘の淋しそうな顔を思い出すと、罪悪感がつのる。
建機は口唇を噛み締めた。
「由良とはその後どうなの? 建機」
見るともなく、つけっぱなしのテレビを眺めながら、まとまらない考えにイライラしていると、風呂から上がってきた敦美に声をかけられた。
「その後ってなんだよ?」
応対が険のある言い方になってしまうのも、無理はなかった。
「何怒ってんのよ? ボクとケッコンして〜って泣き喚いて、由良に迫ってたクセに」
「何だとっ!?」
思わずソファから立ち上がった建機に、敦美はフンと鼻を鳴らした。
「ウソだと思ってんの? 由良がアンタを宥めるために約束したら、調子に乗ってキスしてたじゃない」
建機は驚きで声も出なかった。
「由良が引っ越して行ってから、男同士で結婚なんてできないわよって教えてあげたら、アンタってば知恵熱出して、1週間も寝込んだじゃない」
口をパクパクさせる建機に、敦美は追い討ちをかけた。
「な・・なんだよ・・ソレ・・・・」
呆然と呟いた建機に、敦美は驚いたように目を瞠った。
「ナニよ。アンタ覚えてないの?」
「知らねぇよ・・・そんなこと・・・」
「そういえば熱が下がってから、あれだけ懐いてたクセに、由良のゆの字も口に出さなくなってたわよね。もしかしなくても、キレイさっぱり忘れてたんだ?」
愕然とする建機に、容赦なくトドメを指した敦美は面白そうにクスクス笑った。
『結婚って・・・』
敦美が部屋に戻っていってからも、建機は放心状態でつっ立っていた。
『しかも、キスまでしたって・・』
それなら、橘のあの態度も納得できる。
覚えてはいないけど、その時のことが容易に想像できて、建機は頭を抱えた。
「ダダをこねまくったんだろうな・・・・」
泣いてゴネる幼児を黙らせるには、うんうんと言うことを聞くしかない。
橘は渋々結婚に同意させられたのだろう。それなのに、調子に乗って約束のキスまでカマシてたとは・・・・
「うわー。サイテー・・・・」
しかも、それをキレイさっぱり忘れ果てていたなんて・・・・
その上、逆ギレまで起こしてしまったなんて、どう謝っても許してもらえないような気がする。
建機は途方に暮れた。