6

 そして、週明け。
「誰?」
「うそ! 橘センセー?」
「まじっ!?」
 先週までのダサい格好がウソだったかのように、橘は一変していた。
 キッチリと7.3に分けて撫で付けられていた時代遅れな髪型は、サラサラと額にかかる髪が風に揺れている。
 度の入っていない黒ぶちのメガネは外されて、切れ長のアーモンドアイズがあらわになっている。
 そして服装はと言えば、身体にフィットしていない量販店のスーツではなく、ファッション雑誌に載っているような、若者に人気のブランドのスーツを鮮やかに着こなしていた。
「おはよう」
 挨拶をする声にもハリがあって、先週までは俯きがちだった橘ではなくなっていた。
「やーん。カッコいいかも〜」
 女子の黄色い悲鳴があちこちで上がっていた。


 その日、選択化学の授業はなかったものの、大変身を遂げた橘のウワサは、建機達3年1組にも届いていた。
「いきなりの大変身って、彼女でもできたんじゃねぇ?」
 範義がぼそっと呟いた言葉に、建機は過剰に反応した。
「うっせーぞ!」
 思わず立ち上がって叫んでしまい、朝っぱらからクラスの注目を浴びてしまった。
「ナニそんなムキになってんの?」
 建機のボルテージが上がるほど、範義の冷静さが際立つ。
「うっせーって言ったろ!」
 ドカッと音を立てて席についた建機は、何がそんなに腹立たしいのか、範義から目を逸らせた。
「俺だけのおにいちゃんが、みんなに注目されるのが気に入らないの? みにくいあひるの子の実写版に、学校中そのウワサで持ち切りだもんね」
 ニヤニヤしながら範義が言う。建機はズバリ言い当てられて、怒りとも羞恥ともつかないような感情が湧き起こり、、目の前が真っ赤に染まった。
「図星かよ・・・」
 絶句してしまった建機に、範義は驚きを隠せずに呟いた。


週末はずっとアルバムを眺めていた。
 由良の隣で、小さな建機はいつも満面の笑みを浮かべていた。
 公園の砂場で、ブランコで、自分達で育てた花いっぱいの庭のビニールプールで、テレビゲームをする部屋で、雪だるまか泥だるまかわからないオブジェの前で、建機はいつもいつも由良と一緒にいて笑っていた。
 家族と一緒の写真よりも、実の姉である敦美と一緒にいる写真の何倍も、由良と一緒に写った写真がアルバムには貼られていた。
「結婚したいほど好きだったんだよな・・・・」
 なのに、1週間も熱を出して寝込んでいたからとはいえ、どうしてキレイさっぱり忘れてしまったのだろう?
子どもだった自分がそれほど好きだった橘と、今どう向き合えばいいだろう?
あの時の、約束をした幼かった自分を、今の成長した自分を、橘は今どう思っているのだろう?
 とても知りたいと、建機は思った。


「それで、どうすんだよ? もーほ道まっしぐらってか?」
 範義は好奇心を隠さずに訊いてくるが、建機には答えはなかった。
「お前・・・面白がってるだろ?」
 建機がジロっと睨んでも、ニヤニヤ笑いを隠しもせずに範義は頷いた。
「当然。他人の不幸は蜜の味だろ?」
「畜生・・・」
 唸るように建機は呟いて、ギリギリ歯を鳴らした。
「本気なのかよ?」
 範義の問いに建機は頷くしかなかった。
「12年も前にプロポーズ済みらしい」
「はあっ!?」
 驚いた範義が、あんぐりと口を開けてマヌケ面を晒したので、建機は少し溜飲を下げた。
「俺は覚えてねーけど、誓いのキスまでしてたって証人もいるしな」
 とうとう範義は絶句してしまい、建機は勝ったと思った。