「ま、とりあえずは気持ちの確認から?」
呆然からスグに復活した範義は、面白がって建機をけしかけようとした。
「そうしなきゃなんねぇかな?」
建機が訊くと範義はニヤリと笑って、大きく頷いた。
「このままでモンモンとしていたいなら、そうすりゃいいけど。どっちにしても俺にとっちゃ他人事だしー」
完璧に面白がっている範義にこれ以上ネタを提供したくないけれど、こんな中途半端な気持ちのままいたい訳じゃない。
建機は決心した。
放課後まで待って、質問を口実に、化学準備室にいる橘を訪ねた。
しかし・・・
化学準備室は1年から3年までのおびただしい人数の女子で一杯だった。
「変身したセンセーってぇ、なんだかチョ〜いいって感じになったぁ、みたいな?」
「ソレ、彼女の趣味ってホント?」
「って言うかぁ、彼女ができたってホントーなのぉ?」
「アタシがセンセーの彼女になりたいかもぉって思ってたのにぃ」
「前は全然ヤだったけどぉ、今は”なまら”イイよね」
橘は、口々に好き勝手言いたい放題の女のコの真ん中にいて、苦笑していた。
「あれ、相馬くん、質問かい?」
ドアを開けて硬直してしまった建機に気づいた橘が声をかけると、女のコ達が一斉に振り返った。
「あ・・・忙しいなら、そんなに急がねーけど・・・」
『邪魔しないで』と言うような、女のコ達の視線に怯んだ建機がドアを閉めようとすると、橘はにこやかに首を振った。
「はい、じゃあ、プライベートな質問はこれまで。さあ、みんな帰りなさい。受験生の質問が優先だからね」
そう言われると、それ以上橘の側にいることはできない。女のコ達はブツブツ言いながらも素直に部屋を出て行った。
「お待たせ。ドコかわからないところがあるのかな?」
優しい先生の顔で橘は訊ねる。建機は一歩一歩近づいていった。
「せ・・センセー・・・俺・・」
化学のことでなく、建機こそ思い切りプライベートなことで訪ねたので、話がしづらい。
「ん?」
小首を傾げて見つめられて、建機は舞い上がってしまった。
「おっ・・俺のことどう思うっ!?」
勢い込んで口走った言葉に、橘は目を丸くした。建機は自分の方が驚いてパニックを起こした。
「いっ・・いやその、そう言う意味じゃなくて・・・昔約束して・・キスも・・・・」
しどろもどろになる建機に、橘はくすっと笑った。
「たっくん、落ち着いて」
橘が冷静であればあるほど、建機の頭には血が上っていった。
「笑ってないで答えてよ。センセー」
建機は橘に近づこうとしたが、緊張のあまり脚がもつれてしまい、無様にひっくり返ってしまった。
「あっ、たっくん!」
「痛ぇ・・・」
転んだときに左の肘を机にぶつけたのか、ジンジン痛んだ。
「こんなに大きくなったのに、そそっかしいところは全然変わってないんだね。大丈夫かい?」
座り込んで悶絶していると橘が膝をついて、痛む肘に手を触れてきた。
「センセー・・・」
建機が腕を掴むと、橘はビクッと身体を震わせた。
「俺・・覚えてねーんだ。センセーが引っ越した次の日から熱出して1週間寝込んで・・・元気になった時にはセンセーのことキレイさっぱり忘れてたって・・・・」
「そ・・・そうなんだ・・?」
橘は驚いたようにわずかに目を瞠った。
「敦美が教えてくれたんだけど、俺、センセーのこと結婚したいと思ったくらいに好きだったんだよな。だから無理に約束取り付けて・・・・・その・・・キスも・・したって・・」
橘の腕を掴んだまま、真っ赤になってボソボソ言う建機に、橘は困ったように眉を寄せた。