「たっくん・・・・」
「センセーが俺のこと可愛がってくれてたのは、アルバム見てわかった。俺・・・家族の誰といる時よりも、イイ顔で笑ってたんだもんな・・」
「たっくん・・・・」
橘は建機の名前を呼ぶことしかできなかった。
「教えて、センセー・・・ 俺、どうすればいい? こんな気持ち初めてなんだ・・・」
掴まれた腕を引かれて、橘は建機の胸に抱き寄せられた。
「たたたたた、たっくん!?」
意外に強い力で抱き締められて、橘は驚いて悲鳴を上げた。
「気になるんだ・・・・センセーのこと・・・」
建機は、パニックを起こして目を白黒させている橘に口唇を寄せた。
「―――――っ!?」
新たな悲鳴は建機の口唇によって、封じ込められた。
「昔より上手になっただろ?」
舌を絡め取るような濃厚なキスをして、橘の思考回路をフリーズさせた建機は、口唇が離れるとニヤッと笑って言った。
「たっ、あっ、なっ・・・」
完全に自我が崩壊した橘を更にギュッと抱き締めて建機は笑った。
「センセー、何言ってるか全然わっかんねーよ」
言葉を失った橘の口唇に触れるだけのキスをして、建機は立ち上がった。
「ホラ、センセーも立って」
腕を引かれて橘が立ち上がると、建機は頭ひとつ分上から見下ろしていた。
「センセーんち連れてって。昔の話聞かせて?」
無邪気な建機の言葉に、橘がうっかり頷いてしまったのは、セクシャルなキスをされて、思考回路が完全にイカレてしまっていたからだったのは想像に難くない。
「うわ・・・古い家・・って、下宿?」
橘が入っていった家は、築30年は軽く経過しているような一軒家で、表札の苗字は[橘]でなく[遠藤]だった。
「違うよ。母方の実家だ。祖父が去年亡くなって祖母が一人暮らしになったから、僕がこっちに就職したのを機に、転がり込んだんだ」
「へ・・へぇ・・そーなんだ? あ、お邪魔しまーす」
橘に続いて上がり込みながら、建機は挨拶をした。
薄暗い廊下を橘の後について進んだ。
「さあ、どうぞ、たっくん。おばあちゃま、ただ今戻りました」
「おかえりなさい。由良ちゃん。あら・・その坊やは?」
案内されたのは、和室でなく洋室なのに建機は驚いた。外見の古さや廊下の暗さから想像できないほど、明るく綺麗なリビングで、面した庭には色とりどりの春の花が満開だった。
「覚えてないかな? 昔、僕の家のお隣にいたたっくんですよ」
橘が説明すると、ロッキングチェアに埋もれるように座っていた小柄で上品そうな老婦人は、大きく目を見開いた。
「まあまあまあまあ、この坊やがあのやんちゃだった建機ちゃんなの? あらあらあらあら、随分大きくなったのね」
椅子から降りると橘の祖母の華子(はなこ)は、坊や扱いされてどうリアクションしていいのか戸惑っている建機の前にやってきた。
「あ・・あの・・ご無沙汰してます・・・」
建機は、全然記憶にないけれど過去のあれこれを知られているらしい、自分よりはるかに小さい老婦人にペコっと頭を下げたが、次の瞬間抱き締められて、驚いた。
「由良ちゃんより大きくなっちゃって、まあまあまあまあ。あの小さかった建機ちゃんが・・」
感激のあまり涙ぐんでいる華子は、建機を抱き締めていると言うよりも、大木に止まっているセミ状態だった。
「たっくんは僕の学校の生徒なんですよ」
橘の説明に、華子はさらに喜んだ。
「あらあらまあまあ、そうなの? じゃあ、おばあちゃま腕によりをかけるから、晩御飯食べていって頂戴ね」
建機の返事を聞かずに、華子はウキウキとキッチンへ向かった。
「せ・・センセー・・」
困惑しきった目を向けると、橘は苦笑していた。
「おばあちゃまを失望させないために、今夜はウチで夕食をしていってくれないか。今ならまだ電話すればいいだろう?」
建機は頷くと、携帯を取り出して自宅に電話をかけた。