フレデリックと同室になったのは、5つ年上のマーシャルだった。6年一緒にいたが、今年一杯でマーシャルは魔法学校を卒業するので、フレデリックは進級すると下級生の世話をすることになっている。
「相変わらず薬学の本だけど、フレッドも興味ある?」
フレデリックは曖昧に首を傾げた。
「ねぇ、マーシャルはグレアムの文官になれるくらい賢いのに薬師になるって本当?」
フレデリックが訊くと、マーシャルは端正な顔をほころばせた。
「うん。僕は一人でいろいろ研究したりするのが好きだから、お城勤めなんて無理だと思うんだ。それに今年からもう『ナイト』に出られるから、ちゃんと将来のことを考えておかないとね」
「ナイト・・・?」
思いがけない言葉が飛び出したので、フレデリックは目を瞠った。
「フレッドはまだ子どもだから無理だけど、16になったら出られるよ。『ナイト』っていうのは、伴侶を見つけるのが目的の・・・」
「そんなの知ってるよ!」
「フレッド・・・?」
思わず大声を上げたフレデリックに、今度はマーシャルが目を瞠った。
「あ・・・ごめん・・」
「いいよ。気にしないで」
大声を出したフレデリックを責めるでもなく、マーシャルは恥ずかしくなってうな垂れてしまった頭を撫でてやった。
しばらく沈黙が流れて、気まずくなってしまった雰囲気を変えるために、フレデリックはマーシャルに質問した。
「ねぇ、薬師になったらどんな薬作りたいの?」
「それは・・秘密だよ・・・」
綺麗な上級生は、いたずらっこのような笑みを浮かべただけで、答えはくれなかった。
「できたら一番に飲んでくれる?」
そんなうまいタイミングで病気になるかどうかはわからないけど、フレデリックは頷いた。
「苦いのはイヤだけど・・・」
上目遣いで伺うフレデリックに、マーシャルは目に涙を浮かべて笑い転げた。
綺麗なマーシャル。いつも落ち着いていて怒ったところなんて見たことがない。初めて会ったときから大好きだった。
なのに・・・・
(『ナイト』に出たら・・・伴侶を見つけたら、もう僕なんかとは話をしたりしてくれなくなるのかな・・?)
聡明なフレデリックは悪知恵も働く。ズルイとは思ったが背に腹は代えられないと、策略をめぐらせた。
「大丈夫? 医者に見てもらおうか?」
マーシャルの『ナイト』デビュー当日、フレデリックは高熱を出したのだ。
「だい・・じょぶ・・・だから・・ナイ・・ト・・」
苦しい息の中、フレデリックの切れ切れの言葉に、マーシャルは『ナイト』に出ないことを決めた。
「そんな状態のフレッドを放って行けないよ」
「でも・・・」
熱の所為で潤んだ瞳で見上げるフレデリックの額に手を当てて、マーシャルは安心させるように微笑んだ。
「別にどうしても今年伴侶を見つけたい訳じゃないし、『ナイト』は来年も再来年も毎年あるんだから、一度くらい出なくてもいいんだよ」
「ごめ・・・マー・・・シャ・・」
謝罪の言葉を口にしながらも、フレデリックは思ったとおりにコトが運んで、内心ほくそ笑んでいた。
優しいマーシャルが病気の自分をほったらかしにして、『ナイト』に行く訳がない。
次期王の右腕になることが決まっているだけに、グレアムに次ぐ魔法力を誇るフレデリックにとって、発熱を装うくらい朝飯前だったのだ。
「ほら、もうおしゃべりはやめて。僕に申し訳ないと思うんだったら、おとなしく眠って早く良くなるんだよ。グレアムもアーニーも心配しているから」
マーシャルの言葉に、フレデリックは頷いて目を閉じた。マーシャルが額に当ててくれた手がひんやりと感じられて、気持ちよかった。