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「・・んっ・・・」
 マーシャルは小さく息を吐いて、ゆっくりと目を開けた。ガーネットのような瞳にフレデリックの姿を映した瞬間、ボンっと音がしそうなくらい真っ赤になった。
「ふふふふふ、フレッドッ!?」
 マーシャルがあまりにもうろたえたので、フレデリックもつられたように真っ赤になってしまった。

「いや・・コレは・・・フレッドが夜中に寒いって言ったから・・・・その・・・」
 しどろもどろに言い訳をするマーシャルが可愛くて、フレデリックは思わず笑ってしまった。
(魔法を使わずに抱いて暖めてくれたんだ・・)
 何も知らずに眠りこけていたことが残念で悔しかったが、フレデリックは礼を言った。
「ありがと・・マーシャル・・おかげでよくなったみたい」
 フレデリックがそう言うと、マーシャルは花がほころぶように綺麗な笑顔を見せた。
「うん・・よかった・・・」
 そして、起き上がると朝食の用意をするためにベッドから降りた。
「おなか減っただろ? 食堂に行って何か貰ってくるよ」
 パタパタと走り去るマーシャルの後姿を見送りながら、フレデリックは自分の想いが通じる日が来ることを願った。



 あの『ナイト』から1年。また『ナイト』が巡ってきた。
マーシャルは魔法学校を卒業すると、小さな家を作って一人暮らしを始めた。そして薬師のロバートのもとで修行に励んでいた。
 フレデリックは1年間悩み考え続けたが、いいアイデアが出ず、去年と同じく都合よく熱を出すなんて芸のないことはできないと焦っていたところ、今年の『ナイト』はマーシャル本人が発熱して行けなくなってしまったと聞いて驚いた。


「マーシャル・・具合はどう?」
 1年間悩み続けたのはなんだったのだろうと拍子抜けしてしまったが、お見舞いの言葉を口にしながらフレデリックは内心ほくそ笑んでいた。
「うん・・ちょっと前から身体の調子が悪かったんだけど、新しい薬の調合が上手くいきかけたから無理をしちゃったのが原因みたい・・」
 何か失敗をしでかした子どものように、マーシャルはペロッと舌を出した。
「薬を作ってて自分が身体壊してたら意味ないんじゃ・・・」
 フレデリックは呆れながらも看病を理由に『ナイト』の間マーシャルの側にいられると嬉しくなった。
「レオンの世話はアーネストに頼んできたから、今年は僕がマーシャルの看病をしてあげる」
 マーシャルが卒業して寮を出て行った後、フレデリックは新入生のレオンと同室になって世話をしていたのだが、マーシャルが病気と聞いてこれ幸いと、大人しいレオンの世話をアーネストに押し付け、浮き足立って訪ねてきたのだった。
「気を使わせてごめん・・・・レオンにも悪いことをしたね・・・」
 マーシャルは熱のせいで潤んだ瞳を向けて謝った。
「レオンは優秀な子どもだから大丈夫。それよりも悪いと思うなら、早いトコよくなってね」
 そう言いながら、フレデリックは魔法でマーシャルの額に氷嚢を乗せた。
「冷たくて気持ちいい・・・」
 マーシャルは目を閉じた。
「側にいるから、少し眠るといいよ」
 フレデリックの言葉に、マーシャルは目を閉じたまま頷いた。
「うん・・ありがと・・」
 ほどなくマーシャルは眠りに落ちたようだ。胸が規則正しく上下しているので、ロバートの薬が効いているのだろう。
「マーシャル・・」
 綺麗なマーシャル。きっと『ナイト』に出てくるどのウィッチより綺麗だと思う。
 マーシャルが誰かの伴侶になってしまうなんて、そんなことになったらきっと自分は悲しみで死んでしまうに違いないとさえ思う。
 今年も偶然とはいえ、マーシャルは『ナイト』に行けなくなったけど、来年はどうなるかわからない。
 また1年間悩み続けなければならないことを思うと、フレデリックは気が遠くなった。