「マーシャル・・・」
名前を呼ぶだけで、涙がこぼれそうになる。
どうして・・・いつから・・・こんなに好きになってしまったんだろう。
熱い寝息が薄く開かれた口唇から漏れている。まだ熱が高いのか、少し苦しそうだ。
フレデリックはしばらく見つめていたが、吸い寄せられるように口唇を重ねた。
生まれて初めてのくちづけ・・・まるで触れたところから溶けてしまうかと思うくらい熱く感じた。
マーシャルの意識がないときに奪うような卑怯な真似をしてしまったが、胸に秘めた想いは今にもあふれ出してしまいそうで、いつまで隠し通せるのか自信がなくなりかけていた。
本当のファーストキスが去年、意識のないときに奪われていたなんて知る由もないフレデリックは、自己嫌悪で吐きそうになっていた。
フレデリックは良心の呵責を感じながらもマーシャルの口唇に触れていた。
別々に暮らすようになってしまった今となっては、これはマーシャルに触れることのできる数少ないチャンスなのだから。
「ん・・・フレッ・・ド・・」
口唇が離れた一瞬の間にマーシャルから名を呼ばれて、フレデリックは心臓が止まるかと思うくらい驚いた。
しかし、マーシャルの瞳は閉じられたままだったので、寝言だとわかるとフレデリックは安堵でその場にへたり込んでしまった。
(僕の夢を見てるの?)
寝言で自分の名前を呼ばれるなんて思ってもみなかった。
(期待しちゃうじゃないか・・・)
心臓が飛び出しそうなくらい激しく鼓動を刻んでいる。フレデリックは両手で胸を押さえて蹲った。こんなに胸が痛いなんて、きっと病気なんだろう。マーシャルにこの痛みを治す薬を作って欲しいと思った。
翌朝にはマーシャルの熱は下がっていたが、それまでの無理が祟って、かなり体重も体力も落ちていたので、ベッドから起き上がることはできなかった。
「どうしてそんなになるまで無理したの?」
呆れ顔でフレデリックが言うと、マーシャルは亀の子のように首をすくめた。
「だって・・・珍しく上手くいきそうだったから・・・・気を抜けなかったんだよ」
拗ねて口唇を尖らせてもマーシャルは綺麗だ。夕陽色の髪が眩しくてまともに見ていられなくて、フレデリックは目をそらせた。
「何か食べたいものある? 薬を飲まなきゃ・・・」
「温かいスープが欲しい・・・」
マーシャルのリクエストに、フレデリックは頷いた。
「テッドの店で買ってくるよ。少し待ってて」
フレデリックはそう言うと、つい先日マスターした瞬間移動を使った。
「今のって・・・瞬間移動だよね・・・・まだ12歳のくせに、いつの間にそんな魔法が使えるようになってたんだ・・・」
マーシャルはフレデリックの思いがけない程の成長に目を丸くしていた。
「フレッド・・・いつの間に瞬間移動なんてマスターしたんだ?」
フレデリックが戻ってくると、マーシャルは訊いた。
テッドの店からテイクアウトしてきた具沢山のスープをボウルに移しながら、フレデリックは答えた。
「一昨日・・・・だって、グレアムができるようになったのに負けてられないよ・・」
負けず嫌いのフレデリックは世継ぎのグレアムに対抗意識を燃やしていた。
「おいおい・・・・グレアムはお世継ぎだろ・・・・張り合ってどうするの・・・彼の魔法力は生まれた時から別格なんだよ」
マーシャルの言うことは正しい。
カーネリアンで世継ぎの力を持った子どもが生まれると、マリュールの大魔女の水晶玉が光り輝いて知らせるのだった。
それは必ずしも王の子どもとは限らない。現に今の王には決まった伴侶がまだいない。
「だって・・グレアムの補佐になるためには足手まといにならないくらいの魔法力がなきゃ・・・」
フレデリックの呟きに、マーシャルは腕を伸ばしてふわふわのブラウンの髪を撫でた。
「フレッドはいい子だね。大丈夫。きっといい補佐になれるよ」
小さい頃のように頭を撫でられて、フレデリックは複雑な気持ちだった。
マーシャルに触れられて嬉しい反面、まだ子ども扱いしかされていないと思い知らされた感じがして、悲しくなった。