10

「なぁ、これから俺んちに来て飲まないか?
明日は非番なんだ」
 桜井の店を出たのが11時を回っていた。ほろ酔い加減でいい気分になっていた望は誘われるままに頷いていた。
 タクシーでたどり着いたマンションは、望の家からそんなに離れてはいなかった。
「意外とご近所さんだったんだ・・」
 通された部屋は男の一人暮らしの割にこざっぱりと片付いていた。
「そこらへんに座っててくれ」
 垣内はそう言うと、冷蔵庫をゴソゴソして酒の用意を始めた。
 望は部屋に不似合いな、大きなピンクのビーズクッションの上に腰を下ろした。

「垣内ってのは、名付け親になってくれた当事の市長の苗字なんだ。俺はバスタオルにくるまれて、誕生日だけ書かれた紙と一緒にダンボール箱に入れられて放置されてたんだそうだ」
 垣内は飲みながら淡々と説明する。望はどんな顔して聞いたらいいのか困った。
「あの・・・俺にそんな大事な話していいの?」
 望の困惑した顔に、垣内は微笑んだ。
「君だから知って欲しいんだ」
「え・・?」
「俺は・・君に恋してるようだ・・・」
 垣内の告白に、望は酔いが一気に回ったかのように眩暈がした。
「俺と・・・つきあってくれないか・・・」
 望の中で警報が鳴り響く。頭がガンガン痛むようだ。
「君には随分とひどいことをしたりしたから、嫌われてることもわかってる・・でも・・・」
 これ以上ここにいたらダメだとわかっているのに、望は腰が抜けたように立ち上がれなかった。
「望・・・」
 垣内の腕が伸びてくる。望は咄嗟に身を引いたが、垣内の動きの方が早かった。厚い胸板に抱き寄せられると一気に身体が熱くなったが、酔っているせいばかりではないだろう。
「望・・好きだ・・・」
 告白とともに、垣内の思いつめたような顔が近づいてくる。望が避けるように顔を背けると、垣内の大きな手があごを捉えて、強引に上向かされた。
「やっ・・」
 最初はそっと触れるだけの、決して強引ではないくちづけだったが、望は抵抗できなかった。
 垣内はそれを承諾の印と受け取ったのか、その場に望を押し倒した。
「あっ・・」
 覆いかぶさってきた垣内は、まるで何かに餓えているかのように望の身体をかき抱いた。
「望・・・望・・・」
 荒々しくシャツを剥ぎ取られ、あらわになった肌にむしゃぶりつかれて、望は怖くて震えが止まらなかった。
「か・・垣内さん・・・」
 震える声で呼びかけると垣内の動きが止まった。
「お・・俺、オトコだよ? 垣内さん、ゲイって訳じゃないだろ?」
 垣内に思い留まってもらおうと望は必死に訴えたが、垣内は答えないまま、望の肌に口唇を這わせていた。
「ね・・ねぇ・・やめようよ・・・こんなの・・ダメだよ・・」
 しかし、熱くなった砲身を太ももに押し当てられると、望はもう逃げられないと観念して目を閉じた。
 垣内が望の身体を跨いだまま起き上がり、服を脱ぐのがわかった。
 再び覆いかぶさってきた垣内の素肌は熱くて、触れ合ったそこからドロドロに融けていくような気がした。
「望・・・」
 名前を呼ばれて目を開けると、垣内の顔はまるで泣き出す寸前の子どものように見えた。
『ドナドナの仔牛・・・・』
 望の頭をよぎったそれは、降りてきた垣内のくちづけに霧散させられた。
「ん・・っ・・」
 舌を絡め取られる深い口づけに、再び酔いが体中を駆け巡るような感じがして、望は意識が遠くなるような気がした。