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「若いコは焼肉とかフレンチがいいのかなと思ってた」
 垣内お奨めの店に入って、塩ラーメンと餃子、ビールを注文すると、垣内はポツンと言った。
「焼肉もフレンチも好きだけど、安月給の公務員に無理させられないっしょ」
 その言葉に垣内はムッとしたような表情になったので、望はニヤッと笑った。
「垣内さんって、わかりやすいよね。思ってることが全部顔に出るっての? よく言われない?」
 そう言われて垣内は驚いたように目を瞠った。
「あれ、違うの?」
 意外だという表情になった望に、垣内はますます憮然とした。
「署内では垣内をもじって渋ガキって言われてるらしい。いつも渋柿食ったような仏頂面してるかららしいが」
 望は目を丸くした。
「意外・・・・そんなにハンサムなんだから、にこやかにしてりゃいいのに」
 望にハンサムと言われて、垣内は思わず頬が緩んだ。
「ぷっ、そんなトコがわかりやすいんだってば」
 望はとうとうこらえ切れなくなったのか、思い切り吹き出した。


「ごちそーさまでした」
 店を出ると望はペコっと頭を下げた。そして、顔を上げると「じゃ・・」と言ってきびすを返した。
「おい、待てよ・・」
 垣内が呼び止めると、望は振り返った。
「もうちょっといいだろ。飲みに行かないか?」
 酒はキライじゃない。しかし、望は迷った。
「ホントはもっと高いモノをご馳走する予定だったから、予算がまだ余ってんだ。まだ時間はそんなに遅くないから、よかったらつきあってくれないか」
 そこまで言われては断る理由がない。望は頷いた。


「・・らっしゃい! って、お前が来るなんて珍しいじゃん」
「ココは俺の幼馴染の店なんだ。コ汚い店だが味は保障する」
 カウンターに腰掛けながら説明されて、望は頷いた。
「コ汚い、は余計なお世話だ。いらっしゃい。陽登海とはどういうご関係で?」
 望の前におしぼりとお通しを出しながら、垣内の幼馴染である店の主人、桜井が訊いてきた。
「ひとみ・・・?」
 望が首を傾げると、桜井は目を丸くした。
「えっと・・陽登海ってのがコイツの名前だけど、ご存知ない?」
 コイツ、と桜井に指差された垣内が、望の隣で憮然としている。
「垣内・・ひとみ・・・サン・・・?」
 望が尋ねると、垣内は渋柿を食ったような渋面で頷いた。
「まだフルネームを教えてなかったな。俺は垣内陽登海。太陽が登る海と書いて陽登海だ」
 テーブルに指で字を書きながら垣内は説明した。
「あの・・・ソレって、芸名でなく?」
 望の問いに桜井が吹き出した。
「芸名って・・・お前な・・・・」
 垣内はますます仏頂面になった。
「だ・・だって・・陽登海なんて大層な字、芸名みたいじゃん」
 望も桜井に釣られて笑い出した。
「明け方の海辺で発見されたからだよ」
「は?」
 垣内の意味不明の言葉に、望はまた首を傾げた。
「俺達は同じ施設で育ったみなしごなんだよ」
 驚いて言葉を失った望に、桜井は微笑んでいた。

 そんな悲しい過去があったなんて信じられないくらい、垣内も桜井も陽気だった。望も楽しく時間を過ごすうちに、いつしかそのことを忘れていた。