13

 徹が教室に入っていくと、翔吾と話をしている慎司が見えた。
『いつもの慎司だ・・・』
「おっはよー。慎司、翔吾」
 努めてにこやかに、徹は声をかけた。しかし慎司は徹の顔を見るなり青ざめて、席を立った。
「俺、ちょっと・・・・」
 駆け出していった慎司と茫然自失した徹を見て、翔吾は『ナニかあったな・・こりゃ』と思った。
「ケンカでもしたのか? お前ら」
「慎司がそう言ってた・・・?」
 徹が泣きそうな顔で尋ね返すと、翔吾はフルフルと首を振った。
「いンや。でも、見てりゃわかるじゃん。お前ら揃って真っ青になっちまうしさ」
 徹は小さくため息をついた。
「一体、ナニやらかしたんだ? 早いとこ謝っちまえよ。でないと、どんどん気まずくなっちまうぞ」
「やっぱり、俺が悪いんだと思うか?」
 徹が訊くと、翔吾は力強く頷いた。
「当然。慎司が悪いことなんてするなんて、想像もつかねぇもん」
「そっか・・・そうだよな・・」
 徹は呟いた。
『でも、一体俺の何が悪かったのか、本当にわからないんだ』


 慎司は校舎の裏に来ていた。ここは樹木が鬱蒼と茂っていて放課後は人目を忍ぶカップルの格好の逢引の場になっているが、授業中はだれもいないので、慎司のお気に入りの場所になっていた。
 一番大きな楠の根元に座り込んで、慎司はどっぷりと自己嫌悪に浸っていた。
 徹は普段通りを装っていたが慎司にはわかっていた。徹が無理をしていることを。翔吾に余計な心配をかけまいと、気遣っていたのだろう。
『痛い・・・』
 胸に大きな棘が刺さったようだ。
 もう、徹の傍にはいられない。こんなことになるなら、抱かなければよかった。耀子や裕に唆された自分がバカだったのだ。
 一番護りたかった徹を傷つけて、泣かせてしまった。絶対にしてはいけないミスを犯してしまった。
『死んでしまいたい・・・』
 10年間、大切に抱え込んでいた綺麗な想いが穢れて砕け散ったのを慎司は感じた。


 その日、一日中慎司に避けられ続けた徹がクラブを終えて『待合室』のドアをくぐると客はなく、カウンターに裕が手持ち無沙汰な顔をして座っていた。
「よぉ、坊主。今日は一人か?」
「あの・・・慎司来てませんか?」
「いらっしゃい、徹君。今日は慎司君は来てないよ・・・・・」
 そう言いながらキッチンから出てきた恵史は、徹の顔を見て息を飲んだ。
「どうしたの? 徹君、何かあったの?」
「何かって・・・なんで?」
 尋ね返した徹は、自分が涙を流していることに気づいていなかった。
「慎司に何されたんだ? あぁ、もう、そんな風に泣くな。ホントにお子サマだな。涙くらい自分で拭け」
 涙が流れるままに立ち尽くす徹に、裕はイライラと怒鳴った。
「裕っ! ヒドイこと言わないで! 全く」
 恵史は裕を一喝すると、ハンカチを取り出して徹の涙を拭きながら微笑んだ。
「大丈夫だよ。もう泣かないで。一体何があったの? 話を聞かせてもらってもいいかな?」