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 徹はしゃくりあげながらも頷いた。恵史は徹が落ちつきを取り戻すまで優しく抱いていてくれた。
「俺・・・俺・・慎司に嫌われた・・・・」
「えっ!?」
 徹の言葉に恵史は言葉を失った。慎司から徹への想いを聞いたのは、つい先日のことで、まだ1週間も経っていない。
「坊主・・・慎司に抱かれたんだろう?」
 裕に横から口を挟まれて、徹の身体はビクンと跳ねた。
「な・・・なん・・で・・・?」
 徹は動揺した。声も身体も恵史の腕に抱かれたまま震えていた。
「キスマークだろ? それ」
 耳の後ろのバンソーコーを指差され、徹は真赤になった。
「どうして嫌われたと思ったの? 抱き合ったんじゃないの?」
 恵史は訳がわからなくて尋ねた。
「だ・・だって・・・イヤだって言ったのに・・・俺・・・やめてって言ったのに・・・慎司・・・俺が悪いって・・俺が慎司・・・誘惑・・・・」
 途切れ途切れにそう言うと、声を上げて子どものように泣き出した徹に、恵史と裕は顔を見合わせた。
 慎司は一体どういう風に徹を抱いたのか、何故抱かれた徹が嫌われたなどと思い込んでいるのか、恵史には思い当たることが一つしかなかった。
「ねぇ徹君。慎司君は好きだって言ってくれなかった?」
 徹はコクンと小さく頷いた。
「何やってんだか、あのクソ坊主は。一夜限りの相手でも、好きだって言うのは基本中の基本じゃねぇか。そんなことから教えなきゃならなかったってのか?」
 裕は吐き出すように言った。
「裕がソレを言うの? ちょっと黙ってて!」
 普段は穏やかな恵史に怒鳴られて、裕は肩を竦めた。徹も驚きのあまり、涙が止まってしまった。
「ねぇ、徹君。慎司君とちゃんと話をしてごらん」
「でも・・・キライだって言われたら・・俺・・怖いよ・・・・だって・・いつも一緒にいたんだ・・慎ちゃんが、お医者さんになって・・・・ボクの喘息を治してくれるんだって・・・約束したのに・・・・」
 話してるうちに混乱してきた徹は、また泣き出してしまった。
「俺、変だよ・・・なんでこんなに涙が出るんだろ? 恥ずかしいよ」
 裕は恵史から奪い取るように徹を振り向かせると、顔を覗き込んだ。
「泣きたいときには思いきり泣いていい。でも、泣き止んだらウジウジ悩んだりせずにちゃんと慎司と話し合え。わかったな?」
「う・・・うん・・・」
「よし、じゃあ、普段は恵史限定だが今日に限り貸してやる」
 裕はそう言うと、徹をギュッと抱きしめた。
 徹はしばらくじっと抱かれて泣いていたが、やがて納得したのか涙を拭うとペコッと頭を下げて帰って行った。


 徹が帰ってしばらくして、またドアベルが鳴って来客を告げた。恵史と裕が振り返ると、そこには青ざめた慎司が立っていた。
「真崎さん・・・俺・・・」
「いらっしゃい、慎司君。さぁ、カウンターへどうぞ。いつものでいいよね?」
 慎司は頷くと、勧められるままに裕の隣の席についた。
「さっきまで徹君がいたんだよ」
 いつものように、香ばしい薫りをたてるブレンドのカップを慎司の前に置いて、恵史は言った。
「知ってます。クラブやってるのもずっと見てましたから・・・でも、俺徹に合わせる顔がない・・・俺・・・俺・・徹に嫌われたから・・・・」
 苦しい胸の内を搾り出すように慎司は言った。