「徹・・徹・・お願いだから、俺を嫌いにならないで・・愛してるんだ・・・」
慎司は泣きじゃくる徹を抱きしめながら、懇願した。
「慎司・・・俺・・・」
「もう、何もしないから・・・ただこうさせてくれるだけでいいから・・」
無理強いされないとわかった徹は、段々と落ちつきを取り戻しておとなしく抱かれていた。
慎司は急がずにゆっくりと愛を育てていこうと心に決めた。嫌われなかった方が不思議なのだから。
「徹が俺のことを受け入れてくれるまで待つから・・だから時々抱きしめさせて・・・それくらい許してくれるだろ?」
「ヘ・・ヘンなことしないなら・・・・」
徹は慎司の胸に額をつけたまま、小さな声で答えた。恥ずかしくて顔を見る事ができなかったので。
「ありがとう、徹。愛してる」
「うん・・・」
慎司と全く同じ意味ではないけれど、慎司のことが好きだと、徹は漠然と思っていた。
後ろ髪を引かれる思いで徹を帰してから、慎司はニヤニヤ笑う耀子にスケッチブックを見せられた。
「徹ちゃんと、恋人同士だったんだぁ。パパやママにバラされたくなかったらぁ、これからもいろいろ強力してくれるわよねぇ?」
勝ち誇ったかのように、耀子は慎司を脅迫した。
「そんなのは、お前の妄想だと言う俺の言葉と、お前の言葉のどちらを親は信用すると思う? 全く、掛け値なしのバカだな」
脅迫されているのに顔色一つ変えずに返り討ちにした慎司に、耀子の顔がひきつった。
「し・・慎ちゃんってばぁ・・アレは冗談よぉ。お願いだからぁ、協力してくださいぃ。頼みますぅ」
「ふんっ、最初から小細工せずにそうやって下手に出てりゃいいものを。で、俺は何をしたらいいんだ?」
慎司の言葉に、耀子は喜びに目をウルウルさせた。
「今日のようにイチャイチャしてるところをぉ、スケッチさせてくれるだけでいいのぉ」
縋りつくような眼差しに、慎司はほの暗い笑みを浮かべながら言った。
「徹に気づかれたりしたら、どうなるかわかっているんだろうな?」
「も・・・もちろんよぉ。だって徹ちゃんたら、女のコより初々しいんだもン。こんなことバレたらぁ、きっと舌噛んじゃいそぉ」
「わかっているならいい。お前の話はそれだけか?」
慎司の、眼鏡の奥に光る目を見て、我が弟ながら耀子はゾッとした。狂気を孕んでいるその笑みに、逆らわない方が身の為だと本能でそう思った。だから言葉もなくコクコクと頷くことしかできなかった。
「まさか、無料奉仕させるつもりじゃないだろうな? わかってるとは思うが、俺は全くの初心者なんだから、まずは参考書でも提供してもらおうか。無知の所為で、カワイイ徹を傷つけたくないからな」
ニヤッと笑った慎司に、耀子は部屋にとって返すと、両手に山ほどの本を抱えて戻った。
「コレ、ぜえーんぶ初心者特集だからぁ、なにかと参考になると思うのぉ。貸してあげるから、ガンバッてねぇ」
「貸す?」
剣呑な視線に、耀子は青ざめた。
「差し上げますぅ。全部上げるから、そんな怖い顔しないでよぉ」
これが姉弟の会話とは、世も末かもしれない。
『待合室』のドアベルが鳴って来客を告げる。
「いらっしゃい。慎司君。あれ・・悩みは解決したようだね」
にこやかな恵史に迎えられて、慎司の顔も綻ぶ。
「わかりますか・・やっぱり」
照れくさそうに慎司は答える。
「背中に背負ってた真っ黒なオーラが消えたからね」
「よぅ、慎司。上手くいったんだな?」
まるでヌシのように、この店のオーナーの恋人はカウンターの一番端の席に座っていた。
「おかげさまで中学生のような恋愛してますよ・・・いや・・小学生より清く正しいかも・・・」
その隣に腰掛けながら、慎司は言った。