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『レイプされたことを許してでも、僕は裕を失いたくなかったんだ』
 恵史の言った言葉が、徹の頭の中をグルグル回っていた。
「俺だって慎司にレイプされたんだよな・・・」
 でも、許すとか、そういうこと考えた事なかったような気がする。嫌われたのかもしれないと思った時には、この世の終わりかと思うくらい悲しかったということだけだった。
「俺、慎司に抱かれたんだよな・・・」
 受身のソレは屈辱的だと思った。だからといって、慎司を抱くなんて考えられない。
「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 徹は頭を掻き毟って叫んだ。考えることは昔から苦手だった。
『抱き合うことでしかわかりあえないこともあるから』
 恵史の言葉が甦る。
「もう一度抱かれたら、慎司のことがわかるかな?」
 思い立ったら即行動に移す。徹は考えてもわからなきゃやってみればいいんだと思って、ベッドから起きあがった。
「こんな時間にどこへ行くの? 徹」
「慎司に宿題教わってくる」
 勉強のことを持ち出せば、深夜の外出もフリーパスだ。それほど慎司は母親に信頼されている。まさか、不純同性交友に行くとは母親は思っていない。徹の胸がチリッと痛んだ。
「しっかり教わってくるのよ。お隣にご迷惑にならないように、なるべく早く戻ってらっしゃい。お利口さんにしてるのよ」
「俺は幼稚園児じゃねぇよ。いちいちうるせー!」
 バタンとドアを閉めると、慎司の母親は外出するところだったのか、目が合ってしまった。
「あら、徹ちゃん。ウチに来るところ?」
 徹がコクコクと頷くと、彼女は「まぁ・・・」と口を押さえた。
「おばさん、これから友達とカラオケに行くのよ。お菓子やジュースは慎司に言って貰ってちょうだいね」
 慎司の母親にまで子ども扱いされて、徹は苦笑した。
「はい、いってらっしゃい」
 先日から亭主が長期出張中なので羽を伸ばし放題らしい。慎司の母親はバタバタと慌ただしく駆けて行った。
「慎司・・・・俺だよ、入るぞ」
 ドアを開けて中に入った徹は、まだ早い時間なのに灯かりがついていないのを不審に思った。
「慎司・・・寝てるのか?」
 徹が灯かりをつけると、慎司はベッドに仰向けになっていた。
「何しに来た?」
 目を閉じたまま起き上がりもせず、ゾッとするほど冷たい声で訊かれて、徹はここに来たことが間違いだったのではと思った。しかし、勇気を奮い起こすと、こちらを見ようともしない慎司に向かって静かに言った。
「俺・・・抱かれに来た・・・」
「ハッ! 冗談」
 慎司は飛び起きると、信じられないほどの無表情で徹を見た。
「お遊びは余所でやってくれ」
 慎司は冷たく言い放った。徹を見つめている眼鏡の奥の瞳は、いつもの優しさを欠片も残してはいなかった。
『今まで慎司の何を見て来たんだろう』
 生まれた時からずっと一緒にいたのに、慎司のことなんて何もわかっていなかったのではないかと思ったら、徹は急に恥ずかしくなった。
「俺・・・慎司のこと何もわかってなかったんだよな? 親友を気取ってきたけど・・・恥ずかしいよ・・・俺、今更だけど慎司のこと知りたいと思ったんだ。真崎さんが言ってただろ? 『抱き合うことでしかわからないこと』があるって・・・俺バカだから、それで本当にわかるのかどうかわかんないけど、考えるの苦手だから・・・」
 慎司の目がスッと細められた。