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「昨日は蘭女の由樹奈ちゃんとカラオケ」
 慎司と徹が教室に入っていくと、クラスメートの成田翔吾が昨日の成果を自慢していた。お相手は聖蘭女学園のカラオケクイーン、由樹奈嬢だったらしい。
 いつものことながら、マメな奴だと慎司は思う。人のデートを聞きたがる奴らも奴らだけど。
 翔吾は中学の時にやっていたバスケットが幸いしたのか上背だけは人様より立派で、180センチはあるらしいその長身と、女のコに言わせるとワイルドな顔立ちで、近隣の女学生に絶大なる人気を誇っている・・・らしい。
 高校生になった今では、女のコとのめくるめくアレやコレやにうつつを抜かしてバスケットはやめていた。つくづくナンパな野郎だと慎司は思う。徹とは馬が合っているらしく、慎司も含めた3人でよくツルんでいるのだが。


「おっ、慎司じゃねーか。昨日、あれからどうした? もうキスくらいまでいったか?」
「いや・・・断ったよ」
「断っただとー!? なんでだよっ!」
 慎司の返事がにわかには信じられなかったらしく、翔吾は目をむいて怒鳴った。翔吾の大声にクラスメートが注目し出した。
「俺、景子ちゃんに聞かれて、慎司は今フリーだから絶対にOKしてくれるって言っちまったんだぜ。なんで断ったんだよ。俺の信用丸つぶれじゃねぇか!」
 翔吾は真剣にムクレていたが、慎司はホッとしていた。
『俺の気持ちを知られていたわけじゃなかったんだ・・・・』
「翔吾・・・俺、好きなヤツいるんだ。内緒にしていたわけじゃないけど・・・だから、以後はこういった気遣いは無用にしてくれるとありがたい」
 慎司がそう言うと、翔吾から怒りのオーラが消えた。根は素直なヤツだった。
「あ? そうだったんか・・・もしかして、片思い?」
「ん・・・そういうこと・・・」
「俺、取り持ってやろうか? 景子ちゃんを断るくらいだから・・・沙綾ちゃんか? 弥生ちゃんか?」
「どちらでもないよ・・・翔吾。手助けも遠慮しとくよ」
「なんで? 取り持ってもらったらいいじゃん」
 横から口を挟んだのは、それまで黙って話を聞いていた徹だった。
 慎司は、想い人のあまりに無邪気な発言に、頭痛がしてきた。
「ホントに遠慮しなくてもいいんだぞ。慎司」
「遠慮してる訳じゃないよ。でも、今はまだいいんだ。その気になったらお願いするよ」
 慎司はクラスメートの好奇の視線に耐えきれなくなって、その場を離れた。


「慎司ぃ。俺、クラブに出るんだけど、先に帰るか?」
 徹は特定のクラブ活動はしてなかったが、試合が近くなると助っ人を頼まれるほどスポーツ万能だった。今日もドコか弱小クラブからお声掛かりがあったらしい。
 青陵は進学校で、運動部はそれほど活動が活発でないのだ。
「どうしようかな・・・それじゃ、俺は図書室にでも行って宿題でも済ませておくかな。一緒に帰ろう」
「ん、わかった」
「頑張れよ。徹」
「おうっ! 慎ちゃんもな」
 バタバタ走っていく徹の後姿を見送りながら、慎司は苦笑していた。時たま徹は慎司のことを、子どもの頃呼んでいたように『慎ちゃん』と呼ぶことがある。元々呼び捨てにしようと言い出したのは、徹の方だったのにも関わらず。


 あれは、徹の10歳の誕生日のことだった。その日、誕生会に呼ばれた慎司は、徹にそう宣言されたのだった。
『今日から慎ちゃんのこと、慎司って呼び捨てにするぞ。だから、ぼ・・俺のことも徹って呼ぶんだ』
 徹は自分のことも、昨日までの『僕』から『俺』と言うようになっていた。まだ、慣れてはいないようだけど・・・
『いいけど、どうして?』
『今日から10歳だから、もう子供みたいな呼び方はやめるんだ』
 慎司は、10歳ってまだまだ子供だと思ったが、徹がそう言うのだから望みどおりにしてあげようと思ったのだった。