『今日は陸上部の助っ人か・・・』
慎司は図書室の、グランド見下ろせる窓際の席に座って、宿題もそっちのけで徹を見つめていた。
「速いな・・・」
徹の、しなやかに伸びた若鹿のような脚が、地面を蹴って進む。ゴールを目指して一直線に。飛び散る汗も秋の陽射しを受けてキラキラ輝いていて、惚れた欲目を差し引いても随分カッコよかった。
『抱きしめたい・・・・』
そう思い始めたのはいつからだったろう。
今までは、ただ側にいられるだけで幸せだった。徹も自分のことを、同じような意味で好きになってくれたらいいな、とは思っていたが、肉欲なんて感じたことはなかった。
でも、もう気づいてしまった。クールが売り物の自分にも、こんなに熱い感情があるということを。
自覚してしまったら、もう我慢なんてできそうになかった。徹が好きだ。抱きしめたい。くちづけたい。そして裸にして・・・・めちゃくちゃにしたい・・・
「徹・・・・」
慎司は頭を抱え込んだ。そんなこと言える訳がない。こんな邪な想いは絶対に知られちゃいけない。嫌われてしまったら生きていけない。
でも・・・心が二つに引き裂かれそうだ。
どれくらいの時間そうしていただろうか。司書の先生の声でハッと気づいた慎司は、手付かずのまま放置されていた宿題のノートを鞄にしまいこむと、ノロノロと立ちあがった。
「佐々木君、顔色悪いわよ。大丈夫?」
「大丈夫です。ご心配おかけして申し訳ありません」
優等生の返事に、彼女は頷いた。
「今日は無理しないで、早く休みなさいね」
「はい、そうします。さようなら」
慎司はペコッと頭を下げると、図書室を後にした。
校門脇の銀杏の木にもたれて待っていると、徹がパタパタ駆けてきた。
「悪ぃ、待ったか?」
シャワーを浴びて来たのか、石鹸のいい香りがしている。
「いや、オレも今来たところだから」
慎司の返事に、徹はニパッと嬉しそうに笑った。
よほどハードな練習だったのか、電車に乗るとすぐに徹は居眠りを始めた。ほんの2駅だから、すぐに起きなくてはならないのに。
電車の揺れに合わせて徹がもたれかかってきて、まだ乾ききっていない髪が慎司の頬に触れると、心臓が倍の鼓動を刻み、顔は朱を掃いたように真っ赤になった。
「とお・・・・る・・」
呼びかける声も震える。
「んー? もう着いたぁ?」
頭をフルフルと振って、徹は伸びをした。慎司の顔が赤いのに気づくと、額に手を当てた。
「どしたの? 慎司、顔が赤いぜ。熱でもあるんじゃないか?」
「―――!」
心臓が飛び出しそうだ。
ドアが開くのを待ちきれないように、慎司はホームに飛び出した。
「慎司。待てよ。何急いでんだよっ!」
何も知らない徹は、訳がわからないまま、慎司を追いかけた。