精神的に疲れ果てて帰宅した慎司を、姉の耀子が待ち構えていた。彼女は短大の1年で、学校では何やら怪しげなサークルに所属しているらしい。
「待ってたのよぉ。慎ちゃーん。お願いがあるンだけどぉ」
「断る」
取りつく島も与えない慎司に、耀子は目をウルウルさせて見上げてきた。
「慎ちゃんってぱ、いじわるぅ。そんな冷たい事言わないでぇ、トーン貼るのを手伝って欲しいのぉ」
「とーん? なんだ、それは?」
「そんなこと説明してる時間も惜しいのよぉ。お願いしますぅ。手伝ってくださいぃ」
耀子は両手を合わせて拝んでいる。
「バカな短大生と違って、俺には宿題があるんだがな」
「宿題なんて一回くらいやっていかなくたってぇ、慎ちゃんってお利口さんなんだからぁ、センセーだって叱ったりしないわよぉ。それよりコレが遅れたらぁ、みんなが迷惑するんだからぁ」
もはや、価値観の違いは埋められようもない溝となっている。
「お礼ならするからぁ、お願いぃ」
「仕方ないな・・・ちょっとだけだぞ」
ドコかが足りないような実の姉の頼みを、いつものように断りきれなかったのは、慎司の精神状態が最悪で、抵抗する気力も失せてたからに違いない。
「ありがとぉ、慎ちゃん。愛してるぅ」
耀子は、自分より15センチも長身の弟に抱きついた。
「な・・なんなんだっ、このマンガはっ!? お前が描いてるのか?」
「そーだけどぉ。あらやだ。慎ちゃんってば男子校にいるのに、こんなの知らないのぉ?」
「これって・・・男同士じゃないか・・・?」
「そうよぉ。やおいだもん」
「やおい? なんだ、そりゃ?」
「だからぁ、そんなこと説明してるヒマないんだってばぁ。読んだらわかるでしょぉ? で、これがトーンでぇ・・・・・」
耀子がトーンを振りまわしながら作業の説明をしていたが、慎司は呆然と原稿を眺めていた。
『男同士で抱き合ってキスしてる・・・いや、それ以上の事も・・・最近の短大では、こんなことを教えているんだろうか・・?』
激しく動揺しながらも手先の器用な慎司は、それでも指示通り黙々とトーンを貼り続けていた。頭の中では主人公は徹と自分に置き換わっていた。
『俺は徹とこんなことがしたいのか・・・?』
耀子は慎司のそんな葛藤を知ってか知らずか、一心不乱に慎司が貼りつけたトーンに細かいアレンジを加えていた。それだけの情熱で勉強していたなら、きっとT大にでも入学できただろうというほどの気迫がこもっていた。
2時間ばかり経った頃だろうか。
「ねぇ、慎ちゃん。徹君のこと、好き?」
急に耀子に話しかけられて、慎司は顔を上げた。
「す・・・好きって・・・そりゃ、幼馴染だからな」
内心うろたえながらも、耀子にそれを悟られないように平静を装いつつ、慎司は答えた。
「じゃなくってぇ、恋人にしたいほど好きなのかって訊いてるのよぉ」
『気づかれてる?』
慎司の鼓動が跳ねあがる。