「どうしてって、だって、俺・・・ホモだってことですよ」
「恋の相手が男なのがホモなんだったら、僕だってそうだよ」
「えっ!?」
弾かれたように顔をあげた慎司の目に映ったのは、微笑んでいる恵史だった。その笑みは青陵在学中から「聖母マリアの微笑み」と言われていた。
「内緒にしてる訳じゃないけど、僕の恋人も正真正銘男だよ」
想像もしていなかった恵史のセリフに慎司が言葉を失っていると、ドアベルが鳴って一人の偉丈夫が入って来た。
「ほら、ウワサをすればなんとやらってね」
「あの人が・・・?」
「そ。僕のダーリン、熊谷裕。青陵の先輩だったんだ。今は売れないルボライターをしてるんだけどね」
「売れない、は余計だ。久しぶりに逢ったのにつれないな、恵史」
見上げるような偉丈夫は、恵史の頬に軽くキスをした。
「おかえり、裕。彼は青陵の後輩で1年の佐々木慎司クン」
「は、はじめまして。佐々木慎司です」
「あぁ、堅苦しい挨拶はいいよ。恵史のカワイイ後輩は俺にとってもそうなんだからな」
立ちあがって頭を下げた慎司に、裕はそう言うと握手を求めてきた。しかし、握り締めてくる力は握手以上のものを感じさせた。
「裕、ダメだよ。慎司クンにはちゃんと想い人がいるんだから」
恵史が窘めると、裕はあっさりと手を離した。
「なんだ、そうなのか・・・」
「相変わらずの手の早さだね。浮気なんかしてこなかったろうね?」
「まさか! 例えしてたとしても、正直には言わねぇけどな」
「ゆーたーかっ!」
恋人達のじゃれあいを、羨ましそうに眺めてた慎司は、おずおずと質問した。
「あの・・・お二人の馴れ初めって、訊いてもいいですか?」
「お? 随分唐突だな」
「ごめんなさい。でも、俺・・・・どうしていいかわかんなくて・・・」
口篭もる慎司に恵史はサラっと答えた。
「僕が迫ったんだよ」
「え?」
「そうそう、ありゃストーカー状態だったよな。ずっとつきまとわれてて、俺は本当は女好きだったのにほだされちまったんだ」
「嘘みたいだ・・・」
恵史は微笑んでいるので、嘘ではないのだろう。
「だからお前も片思いしてるんだったら、ガンガン迫ればイイんじゃないか?」
「他人事だと思ってませんか? できることならもうとっくにやってますってば」
「大丈夫だよ、慎司クン。キミの想いはきっと徹クンに通じるから」
「ホントにそうだといいんですけど・・・・」
慎司がため息をついたとき、新たな客が訪れたので恵史は接客に行ってしまい、裕と二人カウンターに取り残された。
「坊主、ため息なんかついてると、幸せが逃げていくって言うぜ」
「逃げられて困るほど幸せじゃないですよ」
慎司が自嘲的に呟くと、裕は挑発するように言った。