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「随分逃げ腰なんだな。恵史はあんな風だが弱音は吐かなかったぞ。おかげで俺は女にゃ不自由しなかったのに、ホモ街道まっしぐらだ」
「へぇ・・・そうなんだ?」
「そうさ。難しく考えるこたぁねぇ。要は好きか嫌いかしかねぇんだから」
「なんかすごく簡単なことを、難しく考えていたような気がしますよ」
「コクっちまえ。答えは相手が持ってる」
「でも・・・俺、拒絶されたらと思うと・・・・」
 慎司は視線を床に落とした。
「なら、コクらずに蛇の生殺し状態で我慢し続けるがいいさ」
「随分あっさりと残酷な事を言ってくれますね」
「他人事だからな」
 裕のセリフに、慎司はもう笑うしかなかった。


「慎司、お待たせー」
 ドアベルがカランカランと鳴るのと同時に、徹が元気に飛び込んで来た。
「へぇ、アイツなのか?」
 慎司の耳元で裕が訊いてきた。
「かわいいでしょう。でも、手は出さないでくださいね」
 慎司がシレッと言うと、裕は腹を抱えて笑い出した。
「言ってくれるぜ。この坊主」
「この人誰? 慎司」
 慎司が見知らぬ大男と一緒になって大笑いしているので、徹は狐につままれたような顔をしている。
「僕のダーリンだよ。徹クン」
「えっ、ダーリン?」
 恵史の答えに、徹は目を丸くした。
「言葉通りだよ。僕の恋人」
「いっ!?」
 思いがけない答えの意味がわかった途端、徹は真っ白になって固まってしまった。
「あらら。お子ちゃまには刺激が強すぎたようだぜ。どうする? 坊主」
 裕はニヤニヤしながら慎司をヒジでこづいた。
「坊主はやめてください。俺には佐々木慎司って名前があるんですから」
 慎司は口を尖らせて裕を睨んだ。
「わかったよ、慎司でいいんだな。じゃあ、そこで固まってるお子ちゃま連れて、今日のところは引き上げてくれ。俺達は久しぶりの逢瀬なんで、もう店じまいしてメイクラブに励むんだからよ」
 あっさりとそう言われて店内を見まわすと、客は一人もいなかった。
「はいはい、お邪魔しました。今日はあれこれご教授ありがとうございました」
 慎司は慇懃無礼に挨拶すると、まだ目を見開いたまま固まっている徹を連れて店を出ようとした。
「おい、慎司」
 裕に呼びとめられて振りかえった慎司は、飛んできた小さなボトルを受けとめた。
「上手くやれよ」
 ウインクと共に激励されて、慎司は頭を下げてドアを閉めた。