16

「じゃあね。カナ。また電話するわ」
 小さい頃からの習慣で、遥は彼方の頬にキスをすると、自分にもしろとばかりに右の頬を差し出した。
「誰かに見られたら困るんじゃないの?」
「今日はもうこんな時間だから、知ってる人はいないわよ。テストは午前中で終わったんだから。ホラ、いつものようにしなきゃ、気持ち悪いじゃない」
 遥はココ、と頬を指差した。
「はいはい。しょうがないなぁ」
 彼方がキスをすると、遥はようやく満足したのか、手を振って帰っていった。
「やれやれ。僕達、もう子供じゃないのになぁ」
 彼方は小さくため息をつきながら、バスターミナルに向かった。


「花巻。アレは一体どういうことだ?」
 生徒会の仕事が終わって、一緒に下校して来た安達と花巻だったが、駅まで来た時によく見知った二人がキスなんかしているのを、偶然にも目撃してしまった。
「さて・・・どういうことなんでしょうねぇ?」
 花巻も、今見たことが信じられないといったように、呆然と呟いた。
「見間違いでなければ、あれはキスしていたんだと思うが」
 憮然としている安達に、花巻もコクコクと頷く。
「ほっぺにでしたけど、キス・・でしたよね。確かに・・・・」
 それきり二人は黙り込んでいたが、安達が口を開いた。
「殺してやる・・・・」
「えっ・・・えぇぇっ?」
 聞きとがめた花巻が見やると、安達はバスターミナルに向かって駆け出した後だった。
「ちょっと待てよ・・・嘘だろ?」
 花巻は苦虫を噛み潰したような顔で安達の背中を見送った。
「何だってんだよ。まったく」
 混乱している花巻は気持ちを落ちつかそうと、大きく深呼吸した。


 彼方が家に帰りついて制服を着替えていると、インターホンがなった。
「はーい。どなたですか?」
 今週一杯、父は工場の方へ出張のはずだったから、セールスマンかなにかだと思っていたら、訪問者は安達だった。
「どうぞ。今開けます」
 彼方はロックを解除すると、安達を出迎えに玄関に出た。
「いらっしゃい。よくわかりましたね」
 無表情の安達を迎え入れ、リビングに案内すると彼方はお茶の用意をするためにキッチンに入った。
「コーヒーでいいですか? インスタントしかないですけど」
 はしゃぐ彼方に反して、安達の顔は段々強張っていった。
「明日まで逢えないと思ってたから、何かうれしいな。父さんが出張で、今週一杯僕一人だったから」
 ローテーブルにマグカップを二つ置くと、彼方は安達と並んで座った。
「滋さん?」
 一言もしゃべらない安達を不審に思った彼方は安達の顔を覗き込んだ。しかし、次の瞬間、彼方は部屋の隅まで張り飛ばされていた。
「・・っい・・・た・・」
 頭がクラクラして自分の身に何が起こったのか理解できないまま、第2弾が襲い掛かってきて、彼方の意識は朦朧となった。
「よくも俺を謀ってくれたな」
「し・・げ・・さん・・?」
「あんな勝気そうな女が好みだとは知らなかったよ」
 安達は彼方に圧し掛かるとシャツを引き千切った。
「俺をコケにしたこと、死ぬほど後悔させてやる」
 ジーンズも剥ぎ取られてしまった。
 長い拷問の始まりだった。