20

「イヤだ・・・やめて・・・」
「カナ?」
「うっ・・・ぐ・・」
 その場にしゃがみ込んで口元を押さえる彼方に、遥も花巻も驚いた。
「カナッ」
「星野。吐きそうなのか? 遥。洗面所は何処だ?」
 花巻は彼方を軽々と抱き上げると、慌てて案内する遥の後に続いた。
「ちが・・・・・だいじょ・・ぶ・・・」
 下ろしてもらおうと暴れる彼方を、花巻は叱りつけた。
「病人はおとなしくしてろ!」
 びくっと怯えた彼方を、花巻は困ったような表情で見下ろすと、ごめん、と謝った。
「辛かったよな・・・」
 花巻のいたわる言葉に彼方の目から涙が溢れ出した。
「ぼ、僕は・・ど・・して・・こ・・んな・・目に・・しげ・・・・さん・・い・・・き・・なり・・」
 花巻に抱き上げられたまま、胸に顔を埋めて泣きじゃくる彼方を、二人は痛々しく思った。
「うん。わかってるよ。星野は全然悪くないよ。ただ、滋さんがあんなことしたのは、きっと嫉妬したからだと思うんだ」
「それじゃあ、司はアイツがカナのこと好きだから、私とカナを恋人同士だと勘違いして、嫉妬に目が眩んでレイプに及んだって言う訳?」
「うん。まあ、真相はそんなとこだと思うけど・・・」
「ますます許せないわよ。カナに訊けば誤解なんてすぐに解けるじゃない」
「うーん。だから、目が眩んじゃってるから、そんなこと考えもつかなかったんだろう?」
「司はあの強姦魔の味方なの?」
「ち、違うよ」
 ぐすぐす泣きじゃくる彼方を間に挟んで、遥と花巻が妙な雰囲気になってきた時、インターホンが鳴った。
「どなた?」
『あの、安達です・・・』
 安達の声を聞いた途端、彼方が半狂乱になって暴れ出した。
「うわあぁぁっイヤだ! 来るな!」
「二度とお近づきにならないでと申し上げたはずですので、お帰りになって。カナも嫌がっておりますので・・・」
 遥は一言で切って捨てると、暴れる彼方を抑えるため抱き締めている花巻に向かって言った。
「司も今日のところはもう帰ってちょうだい。多分まだエントランスで呆然としている強姦魔も引き取って行ってね」
「遥・・・」
「もういやだあぁぁ。みんな帰れ! 誰も僕に触るな!」
 彼方が暴れて振り回した腕が、花巻の顎を直撃して、眼鏡が吹っ飛んだ。
 カーペットの上に落ちたので壊れはしなかったが、興奮している彼方を静めることが出来た。
「あ・・・僕・・・」
「気にするな」
 花巻は彼方をソファの上に下ろすと眼鏡を拾って掛け直し、熱を測ろうと額に手を差し伸べたが、彼方が怯えたように肩を竦めたのでやめた。
「怖いのか?」
 コクンと頷く彼方に、花巻はわかった、と呟くと遥と二言三言交わして帰っていった。