21

「滋さん。今日はまだダメですよ。帰りましょう」
 ロビーまで降りてくると、安達は案の定立ち尽くしていて、憔悴しきった表情をしていた。
「彼方は?」
 安達の問いに、花巻は首を横に振ることで答えた。
「滋さんの声聞いただけで、半狂乱になってましたよ。よっぽど怖い目にあったらしいですね。熱も高かったらしいし、当分学校には行けないでしょうね」
「そうか・・・」
 安達は傍目にもわかるくらいガクッと肩を落とした。
「嫉妬に目が眩んだんですよね?」
 バス停に向かって歩きながら、花巻は訊いた。安達はそれには答えなかったがポツンと呟いた。
「俺は嫌われてしまったんだろうな・・・」
 花巻はどう答えたらいいのか、困った。
「星野はどう思ってるのかわからないけど、遥は強姦魔扱いでした」
「彼女がお前の恋人だったとは知らなかったな。いつからだ?」
「中3の頃からだから、かれこれ2年近くになります」
 花巻の返事に安達は目を丸くした。
「よくもまあ、そんなに世間を欺き続けられたものだな」
「えぇ、まぁ。馴れ初めは彼女がウチの道場に入門したのが始まりなんですよ」
「空手だったな?」
「はい」
「どうやってモノにしたんだ?」
「どうしてそんなこと訊くんすか? 恥ずかしいじゃないですか」
 花巻はどうして自分と遥の事に話が移ってしまったのか、困惑してしまった。
「参考にしたくて」
 ボソッと呟いた安達は、口説くのに苦労したことがなかったので、彼方を振り向かせるにはどうしたらいいのかわからなかった。だから身近にある成功例の花巻に教えてもらおうと思ったのだった。
 参考になるかどうかわかりませんが、と前置きをして花巻は話し始めた。
「あれは・・・中2の夏休みも終わる頃かな。彼女が入門したいって来たんです。護身の為に習いたいって。俺は一目で恋に落ちましたよ。訊けば同級生だし、2学期から白蘭の中等部に転入するお嬢様だっていうし。でも俺ガキだったからどうやってアプローチしたらいいかわかんないから、彼女が稽古に来る日には張り切って小学生に稽古つけたりして、エエカッコしてましたね」
 安達は黙って花巻の話に聞き入っている。
「そんなある日、彼女が稽古中に足を捻っちゃったんです。俺はもうチャンスだって思って湿布したり、家まで送ったりして目一杯優しくしたんですよ。彼女もそれから俺を意識してくれるようになったって訳です」
「随分簡単だな」
 黙って話を聞いていた安達がポロッと洩らした。
「簡単ってあっさり言ってくれるじゃないですか。これでも告白するのに一年もかかったんですよ。一年も」
 花巻はムキになって一年を強調する。
「いや、すまない。悪気があった訳じゃないんだ。そうか。それで、どう言って告白したんだ?」
 安達は真剣な表情で訊いてくる。花巻は段々恥ずかしくてたまらなくなってきた。
「滋さんー。勘弁してくださいよ。恥ずかしいっすよ」
「今更照れるな。さっさと吐け」
 安達に嚇されて仕方なく花巻は白状した。
「彼女の誕生日にプレゼントして好きですって言ったんですよ」
「それで?」
「それでって・・・・それで彼女が、『ありがとう。うれしいわ』って言ってくれて現在に至る、です」
「誕生日か。まだまだ先の話だな。そんなに待てない」
 ブツブツぼやく安達に、花巻は呆れたような声をあげた。
「ちょっと待ってください。滋さん。俺と同じようにやるつもりなんですか?」
「いけないか?」
「いけなくはないですけど、一体今まではどうやって付き合ってきたんですか?」
「向こうから押しかけて来たり、お前は俺のモノだって言うとすぐに手に入った。こんなにてこずるのは始めてだから、どうしたらいいのかわからないんだ」
「マジっすかー?」
 困惑した表情の安達に、花巻はあんぐりと口を開けたまま固まってしまった。
 遊び人だというのは知っていた。知ってはいたが、初恋もまだだったとは・・・
「信じられない・・・」