「へぇ・・・・花巻君って空手の先生だったんだ?」
あれから遥と話をするうちに、段々と落ち着きを取り戻した彼方は、遥と花巻の馴れ初めを聞いていた。
「そうよ。道場を継ぐのは、年の離れたお兄さんなんだけどね」
「そっか。昨日はハッカーだなんて言ってたから、随分年上の人とつきあってるんだとばかり思ってたよ」
胃に優しいようにと遥の淹れてくれたミルクたっぷりのココアをすすりながら、彼方は頷いた。
「近い将来は義理の兄になるけど、司、明後日が誕生日なの」
「えっ! もう結婚の約束してるの?」
思わずココアのカップを取り落としそうになるほど彼方は驚いた。
「ええ。だって司は次男坊で道場を継ぐわけじゃないし、ハッカーできるくらいの腕を生かして、大学に入ったら会社を起こすって言うから、お買い得でしょ?」
お買い得って・・・バーゲンじゃないんだからと、彼方は呆れてしまった。
「ルカ・・・幸せを祈るよ・・・」
そう言うしかなかった。
傷も癒えてようやく彼方が登校できるようになったのは、3日後だった。
「星野。もう大丈夫なのか?」
教室に入るなり花巻が駆け寄ってきて、身体を気遣ってくれた。
「うん。花巻君にはいろいろ迷惑かけたよね。ごめん。もう大丈夫だから」
「そっか。ほら。これ」
花巻は安心したように微笑むと、ノートを手渡した。
「休んでいた分のノートだ。遥にもよろしく言われてたしな」
「ありがとう。お義兄さん」
「!」
「ルカに聞いたよ。結婚式は二人きりでハワイでするんだってね」
「いや、その、あれは・・・」
照れて口ごもる花巻の手を取ると、彼方は両手で握り締めた。
「ルカを頼むね。気が強いとこもあるけど、本当は凄く優しい女の子なんだ」
彼方の言葉に、花巻は相好を崩した。
「星野。わかってるよ。聞いてると思うけど、俺のほうが遥にベタ惚れなんだ」
熱く義兄弟の契りを交わす二人を、クラスメートが遠巻きにして見ていた。
「アレって、花巻とクイーンは婚約してるって意味だよな?」
「チクショーッ。2年前からなんだって?」
「どうやって騙したんだろうな?」
花巻と遥が恋人だとバレてから、噂はそのことで持ちきりだった。
あからさまにイヤミを言う上級生もいたが、花巻は完全無視を決め込んでいた。
予鈴がなって担任が入ってくると、みんなはゾロゾロと席につき始めた。
放課後になって、彼方が帰り支度をしていると安達が教室に入ってきた。
「彼方っ」
まっすぐ彼方の元に歩いてくると、腫れは引いたもののまだ青痣が残っている頬に、手を伸ばした。
「悪かった。俺は・・・・・」
学校では優等生を装って『僕』といっていることも安達は忘れていた。
「イヤだっ」
彼方は安達の姿を認めた途端、一瞬で顔色を失い、一言叫ぶと顔を両手で覆って、床にしゃがみこんだ。
「彼方・・・?」
「イヤだ・・来ないで・・・」
ガタガタ震えている彼方を見て、安達は愕然とした。一瞬にして蒼白となって傷ついたような顔をしてヨロヨロと出ていった。