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「星野。大丈夫か? 滋さんはもう行ったから」
 花巻が手を差し出すと、彼方は伏せていた顔を上げて怯えたように見上げた。
 引っ張ってもらって立ちあがると、小さな声で礼を言い、好奇心満開のクラスメートから顔を背けるようにして、教室を出ていった。
「星野が休んでたのって、会長がらみ?」
「みたいだな」
「ヤラレちゃいました。しかもレイプって感じ?」
「うっわー。マジ?」
 噂話に花を咲かせているクラスメートは、花巻が黒板消しを振り上げているのが目に入らなかった。背後からいきなりパンパンとはたかれて、真っ白になっていた。
「うわっ。花巻。何すんだよっ!」
「ゲホッ。クリーナーを使えよ」
 宙を舞う粉にむせ返りながら、抗議する。
「下らない噂話は止してくれ。なんたって星野は近い将来、俺の義弟になるんだからな」
 花巻の一睨みで気圧されたクラスメートは、引きつったように笑うと、鞄を抱えて逃げるように教室を出ていった。
「ふん。愚か者が」
 花巻は黒板消しを元に戻すと、生徒会室に向かった。


「ちわーっす」
 花巻が生徒会室のドアを開けると、異様な雰囲気に満ち溢れていた。
「どうした。何かあったのか?」
 2年で書記の太田に訊くと、何も言わず肩を竦めて首を横に振るだけだった。
「会長が真っ青な顔で飛び込んで来たかと思ったら、調子が悪いから帰るって、あっという間に帰っちゃったんだ」
 太田の代わりに、同じ2年で書記の河合が答えてくれた。
「そういうことだから、俺は帰るぞ。安達がいないと仕事にならないからな」
 3年で副会長の持田がそう言って、これまたさっさと帰ってしまったので、今日も執行部は解散となった。
「滋さんを慰めに行くとするか」
 ため息をついた花巻は、彼方に手ひどい拒絶を受けた安達のフォローをするために『カノン』に向かった。


「あれ。滋。今日は早いね。生徒会はなかったのかい?」
 学校から『カノン』まで休まず走って、稔之の顔を見た途端、安達の顔がくしゃくしゃに歪んでいった。
「叔父さん・・・」
「滋?」
 カウンターの一番奥の椅子に、崩れるように腰掛けると、安達は両手で顔を覆った。
「滋。何かあったのか?」
「俺を・・・怖がるんだ・・・」
 吐き出すような安達の言葉を聞いた稔之は、彼方と何かあったのだとすぐにわかった。
「彼方君と何かあったんだね? 話してごらん。力になれるかも知れない」
 稔之の優しい声に、顔を上げた安達はポツポツと話し始めた。