「忘れろ?」
案の定、彼方の言葉を伝えると、安達は眉を寄せた。
「そうです。正しくは『もういいから。僕は忘れるから、滋さんも忘れて欲しい』です」
花巻が追い討ちを掛けると、安達が見る見るうちに不機嫌になるのが、手に取るようにわかった。
「俺は嫌われたんだな? そうなんだろう? 花巻。彼方は何て言ったんだ。本当のことを教えてくれ」
花巻に掴みかかるように安達は訊いた。
「ほ、本当の事って、カナはそれだけしか言いませんでしたよ。マジで・・・」
恐れをなした花巻が言うと、安達はムッと睨みつけた。
「滋さん・・・?」
「どうしてお前がカナなんて呼ぶんだ。馴れ馴れしい」
「うっっ?」
じりじりと花巻は後ずさった。
「だって、遥がそう呼ぶから、つい・・・ どうせ将来は義弟だし・・」
「何っ?」
「だって、俺が遥と結婚すりゃ、カナは義弟っしょ?」
花巻の言葉に、安達はムッとして黙り込んでしまった。
「滋さん。カナから聞いたけど、ゴメンとしか書いてないんだって? それだけじゃ、カナが困惑するのは当然だって。だから、カナが忘れるって言ってんだから、もう一度ちゃんと気持ちを伝えてみたらどうかな。手紙でも電話でも、直接逢ってでも、滋さんの言葉でさ。最初からやり直すつもりで・・」
「花巻・・・」
「滋さんが落ち込んでるのは似合いませんよ。いつもみたいに偉そうで、自信満々で、傲岸不遜で、怖いもの知らずで、俺サマでなきゃ」
花巻は励ましてるつもりのようだが、安達を怒らせてしまったようだ。段々据わってくる安達の目に気づいた時には、遅かった。
ゴンッ!
花巻の脳天にゲンコを食らわせると、安達は足音も荒々しく生徒会室を出ていった。
「おいー。今日も解散か?」
安達と入れ替わりに入ってきた持田が、能天気に訊いてくる。涙目になった花巻は頭のコブをさすりながら、無言で頷いた。
『彼方・・・・』
インターホンから聞こえてくる声に、彼方は身体が震え出すのを感じた。
「な、何の用ですか?」
彼方の声が上擦っているのは、怖がっているからなのだろうと思うと、安達は心臓を鷲掴みにされたような痛みを感じた。
「彼方。話がしたい。もう何もしない。誓うよ。髪の毛一本たりとも触れないから。頼む。ここを開けてくれないか」
ずっとこのままでいるわけにはいかない。
彼方は覚悟を決めてロックを解除した。
「どうぞ・・・」
「手紙、読みました。ルカや司からも話を聞いて、滋さんが何か誤解をしたのだろうということもわかりました。だから、交通事故にでも遭ったと思って忘れることにします」
怯えたような表情をしているけれど、彼方はきっぱりと言いきった。
「それは、俺を許してくれるということなのか?」
安達の縋るような視線から目を逸らして、彼方は俯いた。
「許すとか許さないとか、済んだ事はもういいです。でもこんなことがあった以上、僕はもう滋さんの親友でいられない」
安達の目が見開かれる。
「俺を捨てるのか?」
「滋さん・・・?」
「俺は、どうしたらいいんだ? こんな気持ち初めてで、胸が痛いんだ・・・・」
「滋さん・・・」
「俺を捨てるのか? 親友になってくれるって言ったのに、お前も俺を独りにするんだ?」
安達は苦しそうに呟くと、悲しそうな顔で口唇を噛み締めている彼方を抱きすくめた。