「あ、あ、あんたはっ!」
何か文句を言ってやりたいのに、彼方はパニックで口をパクパクさせるだけだった。
「昨日はいきなりキスなんかして、悪かったよ。でも、僕は初めて君を見たときから恋に落ちてしまったんだ」
好感度抜群の優等生の微笑で落とせなかったことは、かつてなかった。
安達は自信を持って彼方に一歩近づいた。
「く、来るなっ!」
今度こそ喰われるかも知れない。彼方はギュッと目をつぶった。
しかし、昨日のようにキスされることはなかった。
「・・・・・・・?」
おそるおそる目を開けると、安達は悲しそうな顔でそこにいた。
「僕の噂を聞いたんだね? それで僕のことを不潔な奴だとか、許せないとか思ってるんだ?」
「先輩・・・?」
「信じられないかもしれないけど、聞いて欲しい。決していいかげんな気持ちでつきあってきたんじゃないんだ。今までも、そして君とも・・・」
そう言うと安達は、驚いたような表情で見上げる彼方の視線から逃れるように目を逸らせた。
苦悩しているように見えるのは、すべて計算済みだ。
(何が何でも落としてやる)
無様に転ばされたとこを花巻に見られて、余計な借りを作らされた屈辱は、きっちりとその身体で償ってもらわなければ腹の虫が納まらない。
安達は呆然としている彼方を、口説きにかかった。
「いきなり恋人になってくれなんて言わないから、最初は友達からつきあってくれないか? もちろん、近い将来的には恋人になりたいと思っている」
計算され尽くした真摯なまなざしで、安達は彼方に迫った。
「で、でもっ、僕先輩のこと何も知らないし、それに男同士で恋人なんて、ヘンですよ」
真っ赤になって、上目遣いで見上げる彼方に、脈ありと踏んだ安達は満足の笑みを浮かべた。
「僕は私生児なんだ」
「えっ?」
いきなり身の上話を始められて彼方は戸惑ったが、これは彼方の同情を引く作戦だった。
「父は大きな組織のトップにいる。僕の母はたくさんいる愛人の一人で、腹違いの兄弟が何人いるかなんてわからない。でも、僕は兄弟の中では恵まれている方なんだ。成績優秀なこの頭が『使える』と、父に認められて、子供として認知してもらえたんだから」
この話をすると、大抵の奴は手に入った。大きな組織の御曹司とわかったからには、おつきあいを断る訳はないのだから。
「先輩・・・でも、どうして僕にそんな大事な事を?」
彼方は段々混乱してきた。
「僕を愛してくれる人が欲しいんだ」
「えっ?」
きょとんとした彼方の表情に、すっかり罠に掛かったことを確認して、安達は言葉を続けた。
「母は父の気を引く為に、父は自分の組織にこの頭を利用するために、みんな僕を必要としてくれるけど愛されてる訳じゃない。だから僕は僕だけを愛してくれる『ただ一人』が欲しいんだ。誰とも長続きしないって噂されているのは僕も知っているよ。でもそれは、みんな僕のバックが目当てなんだってわかってしまったから・・・利用されるのはもうたくさんなんだ」
安達は悲しそうに目を伏せた。
もちろん、これも計算されたものである。
「そんなっ・・ひどい・・・・」
彼方の目の中に同情の色を見て取って,安達は内心ほくそ笑んだ。
「君に僕だけを愛して欲しい・・・」
もう一押しだ。
安達は彼方の肩に手を掛けると、口唇を寄せた。
「星野君・・・」
しかし、あと5ミリで触れるといったところで、彼方は顔を背けた。