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「どうして?」
 安達の顔が悔しさに歪む。
「だって、僕は女の子じゃない・・・」
 彼方の顔も苦しそうに歪んだ。
「ハッ、そんなの! だって、女の方が露骨なんだ。玉の輿願望がギラギラしてて。だから僕は・・・」
 吐き捨てるような安達の言葉に、彼方はハッとして向き直った。
「先輩・・・あの・・親友じゃいけませんか? 僕の方が年下だから、親友だなんて厚かましいと思われるかもしれないけど。だって、僕は女のコじゃないから恋人にはなれない・・・・」
 彼方はそう言うと、俯いた。
「・・・・いいのかい?」
 頭上から震えた声がして,彼方は弾かれたように顔を上げた。
「親友なら・・・」
 答える彼方の声も震えていた。
(まずはお友達から、ね。こういう初々しいシチュエーションも楽しめるかもな。
 そして、飽きたら・・・・
 若い奴らに頼めばいい、と)
 安達はうまくコトが運びそうなので、今のところはとりあえず満足していた。


 安達が言うところの大きな組織。それは暴力団の銀竜会だった。
 学校など対外的には、母子家庭ということにしてあるが、銀竜会の3代目組長が安達の実の父で、4代目は半分だけ血のつながった正妻の子である兄が継ぐことが決まっている。
 安達はその優秀な頭脳から、顧問弁護士となって兄を補佐するよう義務付けられていた。
 そう、別れた誰もが安達のことを悪く言わなかったのは、暴力団の報復を恐れたからだったのだ。
「あの・・・先輩。どこか具合が悪いんですか?」
 これからのことをあれこれ想像して、ニヤニヤしていた安達は、彼方の心配そうな声に我に返った。
「えっ? あ・・・」
「僕は単なる寝不足で、少し寝かせてもらったから良くなったんですけど、先輩、調子悪いなら横になった方がいいです」
 下から覗き込んでくる顔は本当に心配そうで、その黒曜石のような瞳は小さい頃飼っていたハムスターにそっくりだ、と安達はぼんやりそう思った。
「実は仮病なんだ」
 バツが悪そうに白状する安達は、彼方の頬に手を伸ばした。
「花巻から君が倒れたと聞いて、いてもたってもいられなくって、気づいたらここに来ていた」
「先輩・・・」
「こんな僕を軽蔑するかい?」
 頬を長い指でするっと撫でられて、彼方は朱で掃いたように真っ赤になった。
「軽蔑なんて、そんな・・」
 頬を染めて俯いた彼方のウブな反応に、安達の頬は緩んだ。
「彼方と呼んでもいいか?」
 どんな女も確実に落ちる笑顔で訊かれた彼方は、真っ赤な顔をますます熟れさせてコクンと頷いた。
「僕のことは先輩なんて無粋な呼び名でなく名前で呼ぶんだよ。いいね?」
「名前・・・?」
「滋だよ。安達滋」
「はい。滋さん」
 素直な彼方は可愛い。
(快感に喘ぐ顔を早く見たいものだ)
 そこに至るプロセスをあれこれシミュレーションして、安達は久しぶりにワクワクと心躍らせていた。
「3時間目が始まるまでまだ時間はたくさんあるから、彼方のことをいろいろ教えて欲しいな」
 彼方が起き上がっているベッドの端に腰掛けると、安達はニッコリ微笑った。
「先ぱ・・滋さんのことも教えてくれるなら・・・」
 彼方は蚊の鳴くような小さな声で答えた。