「星野、聞いたぜ。アノ生徒会長とつきあってんだって?」
「えっ・・滋さんと僕はそんなんじゃないよ」
振り返って微笑う彼方は否定したが、前田には恋する乙女がはにかんでいるようにしか見えなかった。
「滋さんー? 随分親しいじゃん。ホントに『そんなん』じゃないのか?」
「違うよっ!」
ヒジでグリグリと小突かれた彼方は、ふくれてプイッと横を向いた。
(かっ、かわいいーっ!)
頬をピンクに染めて、上目遣いに睨む彼方は、まったくソノ気のない前田でさえ、思わずクラッとするくらい、そそられるものがあった。
(生徒会長に遊ばれてるのに・・・)
そう思うと前田は、安達によって彼方が手折られるのが急に惜しくなった。
「本当に友達なんだから。滋さんは寂しい人だから。それで・・僕みたいなのでもいいって言ってくれるから・・・だから僕は・・・」
完全に安達に心酔している彼方は、だんだん涙ぐんできて、前田は大いに慌てた。
「なっ、泣くなよ。からかったりして悪かったよ。ごめん。この通り謝るからさ」
机に両手をついて深々と頭を下げる前田に、彼方はスンと鼻をすすった。
「もういいよ」
「怒るなよ。これでも心配してんだぜ。お前が遊ばれてんじゃないかってさ」
頭をポリポリ掻きながら、ぶっきらぼうに言う前田の気持ちが嬉しくて、彼方はすっかり機嫌を直した。
「僕なら大丈夫だよ。心配してくれてありがとう。前田君は優しいんだな」
ニコッと微笑われて、前田は真っ赤になった。
(ヤ、ヤベェよ。俺)
白蘭にしっかり同級生の彼女がいるにもかかわらず、一瞬とはいえ彼方にときめいてしまって、前田はうろたえた。
ゴールデンウィークを目前に控えて、安達と彼方は駅の東側にある喫茶店で向かい合っていた。
駅は彼方の家とは学校を出て反対方向なのだが、学校近くでは何かと余計な噂が立ちやすいので、少し足を伸ばしたのだ。
大通りから少し外れている、安達推薦のこの店は小さいながらもコーヒー専門店で、カウンターに並べられたサイフォンで、マスターが一杯ずつ丁寧に淹れてくれるのが評判だった。
「休み中もずっと逢ってくれるだろう?」
湯気を立てているカップの向こうで、安達は伺うように彼方を見ていた。
「僕でよかったら。でも、休み開けに中間テストがあるから勉強もしなくちゃ」
彼方はカフェオレのカップに口唇を寄せた。
「じゃあ、一緒に勉強する時間も取ろう。午前中は勉強、午後からは遊びってのでどうかな?」
安達の提案に彼方はコクンと頷いた。
「楽しみだな。家庭教師、よろしくお願いしますね。生徒会長さん」
「そうか。そういうつもりにしてるんだったら、スパルタでビシバシ教えてやろう」
ニヤッとした安達は、「覚悟するんだな」と、彼方の髪をクシャッと撫でた。
それからあれこれ計画を立てて、二人はあーでもないこーでもないと盛り上がった。
「滋。楽しそうだな」
頭上から降ってきた声に顔を上げると、マスターがクッキーの乗せられた皿を持って立っていた。
「これは特別サービスだ。滋のこんな笑顔を初めて拝ませてもらったからな。で、彼は? 紹介してくれるかな?」
ニコニコと人の良さそうな笑顔で、30代半ばらしいマスターが言った。
「あぁ、叔父さん。彼は星野彼方君といって、今年ウチに編入してきた後輩です。学年は違うけど今僕の一番の親友なんですよ」
安達に紹介されてスクッと立ちあがった彼方に、マスターは目を丸くした。
「彼方。ここのマスターは安達稔之(あだちとしゆき)といって僕の母の弟、つまり叔父なんだよ」
「始めまして。星野彼方です。滋さんにはいつもお世話になってます」
ペコッと頭を下げた彼方をまん丸の目でじっと見ていた稔之はやがて破顔した。
「そうか、やっと見つけたんだな。男のコというのは意外だったけどな」
「叔父さん?」
稔之の独り言に、安達は訝しげな表情になった。