「んっ・・・!?」
驚いて目を見開いたままの彼方を渾身の力で抱き締めて、安達は何かに憑かれたように彼方を貪った。
「ダメーッ!」
角度を変えようと安達が口唇を離したわずかの隙に、彼方は両腕を突っ張って安達から離れた。
「ダ、ダメだよ。恋人じゃないのに。こんなキスしちゃダメだよ。滋さん」
泣き出しそうな顔で、彼方は安達に訴えた。
「ダメ、なんだな。彼方。イヤ、じゃないんだな?」
「えっ?」
ナゾナゾのような安達の言葉を、パニックに陥っている彼方が理解できずにボーッとしていたら、再び安達の手が伸びてきてガッチリ拘束されてしまった。
「しっ、滋さんっ」
「好きだよ。彼方。イヤじゃないなら、僕を受け入れてくれ」
ジタバタ暴れていた彼方の動きを、一言囁くだけで封じた安達は、観念したのかおとなしく目を閉じた彼方に、大人のキスを教える為に口唇を寄せた。
先日の生徒会室でのキスが『初めて』だった彼方には、大人のキスは刺激が強すぎたようだ。長い長いキスが解かれた途端膝の力が抜けて、安達の胸に縋りついてしまった。
「は・・ぁ・・・」
濡れて腫れぼったくなった彼方の口唇から洩れた悩ましい吐息は、安達の官能を刺激した。
「彼方・・・・」
「滋さん・・・僕・・・」
百戦錬磨、海千山千の安達もクラッとくるくらい、潤んだ目で見上げる彼方は妖艶だった。
「彼方・・・好きだよ・・」
かつてつきあったコ達には『腰にクる』と評判だった声で囁いて、安達は彼方をギュッと抱き締めようとしたが、またもやいきなり突き飛ばされて、コインロッカーに背中をしたたかに打ちつけた。
「好きだなんて、そんな簡単に言わないで。それはたった一人の人にしか言っちゃダメなんだ。友達の僕に、なんかじゃない。滋さんの唯一の人がきっとどこかにいるから。だから・・・」
泣き出しそうな顔でそう言って、彼方が走り去って大分立ってから、安達はのろのろと動き出した。
(叔父さんの所為だ。叔父さんが変なことを言うから、だから俺は・・)
叔父に一言文句を言う為に、安達は再び叔父の店に向かった。
「あれ、滋。忘れ物かい?」
戻って来た安達の目に、剣呑な光を見て取った稔之は、黙ってホットミルクを淹れた。
「何です? これは」
目の前にホットミルクを置かれて、安達は訝しげに睨み上げたが、稔之はその視線をものともせずシレッと言った。
「何かイライラしてるみたいだから、カルシウムを取ったほうが良いと思ってね」
「誰がイライラさせてるんですかっっっ! 一体どういうつもりなんですか? 叔父さんの所為でエモノに逃げられちゃったじゃありませんか。折角うまくいきかけてたのに」
ほかに客がいないのを幸いに、安達はカウンターを両手でバンバン叩きながら、思いきり怒鳴った。
「おや、あのコはエモノだったの?」
「そうですよ。初々しい恋愛ゴッコを楽しんでいたのに、叔父さんがヘンなこと言うから、俺は・・・」
叔父だけあって稔之は安達の人とナリをよく理解していた。安達のこれまでのラブアフェアも全部把握している。
生い立ちが生い立ちだけに、安達がこういう性格になったのは仕方が無いとして、恋愛沙汰も法律に引っかからなければと、過去の乱行も大目に見ていた。何故なら、相手も財産目当てと、お互い様だったのだし。
しかし先ほど紹介されたコは純粋に安達のことを慕っているように見えた。だから『エモノ』と聞いて、弄ぶつもりなら戒めなければ、と思ったのだった。
まっすぐ見つめてくる稔之の視線に耐え切れず、安達はフッと目を逸らした。
「そう・・? 私は滋があんな優しい表情をしていたから、あれが演技だなんて気づかなかったよ。てっきり『唯一』を見つけたんだと思ったんだけどね」
「何ですって?」
噛みつかんばかりの安達の剣幕をモノともせず、父親のように包み込むような眼差しで稔之は安達を見ていた。