ナイトから数日後、フレデリックは森のパトロールから戻ってきたグレアムが放心状態になっているのに気付いた。
「グレアム様… どうなさいました?」
「こんなことって・・」
「…は?」
「マリュールから来るから、ウィッチだとばかり思ってたのに…」
「セラフィ…のことですか?」
フレデリックは事情がわからずに、困惑した。
「イッた途端に翼が生えるなんて魔法を知ってるか? フレディ」
「私は存じ上げませんが、ウィッチにからかわれでもしたんですか?」
フレデリックの答えに、グレアムはハッとしたように目を瞠った。
「からかわれたのか・・俺は…」
「一体、何があったんです?」
フレデリックの問いに、グレアムは今まであったことの全てを話した。
「かあさんがあなたのとうさまと出会ったのは、薬草を採りに行った森の中なの。倒れている人がいたので近づいて行くと、その人はただ昼寝をしてただけだったわ。それでホッとしていろいろおしゃべりを楽しんだの」
「その人ってウィザードじゃなかったんだね?」
僕が訊くとかあさんは淋しそうに目を伏せた。
「そう・・ウィザードじゃないその人とかあさんは恋に落ちたわ。その年にはナイトに出なきゃならないのに、誰にも内緒で何度もその人と逢った。そして、あなたを身ごもったのよ。セラフィ」
「とうさまは今どこにいるの?」
かあさんは黙って天を指差した。
「死んじゃったの?」
「いいえ、生きてらっしゃるわ。だってセラフィのとうさまは熾天使ウリエルですもの。あなたのセラフィという名前は、熾天使のセラフィムからとってつけたの。背中のその羽根は天使としての目覚め・・なのかも知れないわね」
確かに僕は修行しても全然魔法が使えるようにはならなかった。
でも、マインドウェーブっていうのかな、そういうのがわかる能力があった。
何を考えてるのかが読めるんじゃなくて、その人の本質・・みたいなモノかな…そういう漠然としたものがわかるって程度だけど。
それって、僕が天使の血をひいてるからだってことなのかな。
かあさんの話を聞いて、もう二度とグレアムには会えないんだなって思った。
「ねぇ、かあさん… 伴侶って何?」
グレアムが言ってた言葉の意味を聞くと、かあさんは教えてくれた。
「ただひとりの相手のことよ。本来『ナイト』は、自分の伴侶を見つけるためのものなの。でも、そうせずに一生独身で『ナイト』の時だけ一夜の相手を求める人の方が多いのは事実だけどね。だって伴侶を決めると、生涯その人以外とは契れないから。永遠の誓いをたてるということだから…」
「かあさんの伴侶は天にいる天使さまなんだね?」
僕の言葉に、かあさんは一瞬目を瞠って、とても綺麗に微笑んだ。
グレアムに会えなくなった僕は、ウィッチの森で薬草を採る毎日を送っていた。ウィザードの森との境界には近づかないようにしていた。
翼が生えたせいなのか、天使としての力が目覚めたのか、鳥や虫の言葉がぼんやりとではあるけどわかるようになったから、薬草の生えてる場所を教えてもらえるようになったんだ。
背中の翼は僕の身体全体を覆えるくらい大きいのに、全く重さを感じなかった。僕の意思でその姿を消すこともできたから、マリュールのはずれにひっそり暮らす僕とかあさん以外、この翼のことを知る人は、リシュールのグレアムだけだった。
「お世継ぎに僕の存在を知られたけど、僕達一体どうなるのかな?」
「死罪…かな…わからないわ… こんなことって、きっとカーネリアン史上初めてのことだと思うし…」
かあさんは淋しそうに笑って言った。