「セラフィ」
幼馴染のラナがやってきた。真っ直ぐな長い黒髪が自慢の、ウィッチの卵だ。
「はい。コレ、おばさんに頼まれてたパンね」
ラナの家はパン屋をしている。ラナと妹のマナと三人家族で、かあさん同士が親友なので、僕達とは家族ぐるみのつきあいなんだ。
「ナイトの話、してあげようか?」
ラナも僕と同い年だから、今年からナイトに参加したんだ。
「別にいいけど…」
聞いたって出られる訳じゃないから、僕は素っ気なく答えた。
「まぁ、聞いてよ」
ラナは話したくてうずうずしてるようだ。僕は仕方なくラナの話につきあった。
「最初に、今年初めてナイトに参加するウィッチは、お世継ぎ様に挨拶に行ったの」
「お世継ぎ様って…」
僕は顔が強張るのがわかったけど、ラナはそれに気付かないようで話し続けた。
「グレアム様っていうんだけど、とてもステキな人だったわ。私達のことを端から端まで眺めてたけど、後はずっとお酒ばかり飲んでてスゴク機嫌が悪そうだった。今年は誰とも契らなかったって聞いたわ」
ラナの話を聞いて、僕はなぜかホッとした。僕はグレアムの伴侶にはなれないのに、どうしてそんなこと思ってしまったんだろう。
「お世継ぎ様のことはいいから、ラナはどうだったの? ステキな人はいた?」
話をグレアムから逸らすと、ラナは真っ赤になった。
「わ、私のことはどうだっていいじゃない」
ラナはそのまま逃げ帰ってしまった。
「ウィッチの森で出会ったけど男性体で、いわゆるその…・イッた瞬間に翼が生えた…と…」
「そうだ。しかも、俺の拘束魔法が効かなかった… 以前は効いたのに…」
グレアムは口唇を噛んだ。
「グレアム様の魔法が効かなかった…んですか?」
フレデリックは目を丸くした。しばらく額にシワを寄せて考え込んでいたけど、ハッとしたように顔上げた。
「セラフィって、名前なんでしょうか?」
「なんだと!?」
訝しげな顔になったグレアムに、フレデリックは言葉を続けた。
「セラフィム・・熾天使だと言ったんじゃないですか? 熾天使ほど高位ならグレアム様の拘束魔法が効かないのも当然ですし、おっしゃられたイタズラくらいできると思ったのですが・・」
フレデリックの推測に、グレアムは愕然となった。
「どうして熾天使なんかが魔法界に…」
グレアムがつぶやいた言葉に、フレデリックは苦虫を噛み潰したような表情で答えた。
「ここのとこ、森に出没してる魔物の所為じゃないですか。昔にもそういうことがあったという記録がありますから」
「何だと?」
グレアムの剣幕に、フレデリックはつとめて冷静に言った。
「その時には魔法界ばかりでなく、天界や人間界にまで魔物が出たようです」
「いつの話だ?」
「まだ20年にもならないと思いますが、調べましょうか?」
「そうしてくれ。それにしても、あんなガキくさいのに熾天使なのか…」
「子どもっぽかったなら、熾天使の使いの下級天使かもしれませんよ」
フレデリックが資料室に行く前に洩らした言葉は、グレアムを喜ばせた。
「下級天使なら、もしかしたら譲ってもらえるかもしれないな」
「17年前ですね。魔界に裂け目ができて、魔物が飛び出したという記録があります。天界からは上級天使まで出て収拾に当たったようです」
フレデリックが報告していたが、グレアムはどうすれば天使を伴侶に迎えられるか、そのことばかり考えていた。