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「グレアム!」
「セラフィ、無事か? 怪我は?」
 飛び込んだ僕を腕に抱きとめ、グレアムは頬に手を当てた。
「大丈夫だよ。転ばされた時にちょっとすりむいただけ」
 グレアムは僕を従者に託すと、腰にさした剣を抜いた。
「セラフィに手を触れたこと、許す訳にはいかないな。貴様には死をもって償ってもらおうか…・」
 そして、グレアムが呪文を唱えた途端、剣が光をまとった。
「こうなったら、お前らも天使もろとも食らってやる・・」
 魔物がグレアムに飛びかかってきた。手の爪が信じられないほど長く伸びていて、グレアムの顔を狙っていた。
「いやあぁっ! グレアムっ!」
 魔物の爪がグレアムの目を突き刺したかと思われた。
「大丈夫。グレアム様は簡単にやられたりしないから、安心して見ておいで」
 グレアムの方に走り出しかけた僕をしっかり抱きとめながら、従者の一人が言った。その言葉のとおり、グレアムの剣は魔物の身体を2つに切り離していた。
「ほら、ね?」
 魔物の身体は地面に落ちる前にさらさらと崩れて風に乗って消えうせてしまった。


「あなたがセラフィ様ですか…」
 僕を抱き留めていた従者は、僕の顔をしげしげと眺めてつぶやいた。
「もう魔物は退治したんだから、いい加減セラフィを離せ。フレディ」
 剣を鞘に納めながら、グレアムがこちらに歩いてきた。苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「はいはい。魔物のように真っ二つにされる前に手を離しますとも」
 フレディと呼ばれた従者が僕を解放すると同時に、グレアムに抱き寄せられた。
「無事でよかった…セラフィ…逢いたかった」
 苦しいほど強く抱き締められて、僕もグレアムに逢いたがってたことに気づいた。
 でも、僕は…
「は・・離して、グレアム…苦しいよ・・」
「あ・・すまない…つい…」
 僕の言葉を真に受けて、力を緩めたグレアムの腕の中から抜け出した僕は、逃げるべく翼を広げて地面を蹴った。
「あっ、待て! セラフィ!」
 空に飛び上がったと思ったのに、グレアムが投げた縄が僕の足に巻き付いて、すごい力で引き摺り倒されてしまった。
「何故逃げる?」
 上から見下ろしてくるグレアムの顔は、みたこともないくらい怖かった。
「いや・・ 来ないで…」
 足首に巻きついたままになっている縄は、グレアムの魔法がかかっているのか、解けなかった。
「どうして? 俺が怖いのか? 魔物を殺したりしたからか?」
 グレアムがスッと手を動かすと、僕の足首を戒めていた縄が光の粒子になって消えた。
「グレアム様。まだほんの子どもなんですから、無体なことはなさらないでください。可哀想に怯えてるじゃありませんか」
 フレディさんの言葉に、グレアムの顔が真っ赤になった。
「すまない…」
 倒れていた僕を抱き起こして、グレアムは謝ってくれた。
「頼むから逃げないでくれ・・ 話がしたいだけなんだ」
 苦しそうにそう言われたけど、僕はちゃんと話をできる自信がなくて、首を横に振った。
「ごめんなさい・・ 僕、もう帰らなくちゃ・・ ラナが心配してるだろうし…」
 グレアムの胸を押し返して帰ろうとしたけど、戒める腕の力を強くされてしまった。
「ダメだ。話を聞いてくれるまで帰さない」
「どうしてそんなにイジワル言うの? 僕は話なんかできないよ・・」
 グレアムの胸に頬を押し付けられたまま、僕は言った。するとグレアムは僕の両腕を掴むと、身体を揺すりながら大きな声で怒鳴ったんだ。
「それは俺とは話もしたくないくらいにキライだってことか!?」
 魔物を退治した時よりも怖い顔のグレアムに、僕は悲しくなった。