10

「英語だよな・・・・」
 意識を失ってしまった恵夢を、3人で保健室に運んだ。
「英語だけど、Noとかstopぐらいしか聞き取れねえな・・・・」
 真っ青な顔をしていた恵夢に、脳貧血だと診断を下した養護教諭は3人に付き添いを頼むと、職員会議の為席を外してしまった。
 なんと言ったらいいのかわからずに、3人はぼんやりと、異国の言葉が紡がれる恵夢の口唇を見つめていた。
「俺・・・メグのこと何も知らねぇんだ・・・・」
「え?」
 恵夢から目を離さずにそうつぶやいた灯の目からは、今にも涙が零れ落ちそうになっていた。
「俺のことは全部話したのに・・なのに、メグのこと何も教えてもらってないや・・」
 口唇を噛み締める灯の肩に手を置くと、栗栖は大丈夫だと言うように微笑んだ。
「仕方ないじゃん。お前らはココに来てから知り合ったんだから・・・俺達なんて物心つく前から一緒にいるのに、相手の気持ちがわからなくて悩んでんだからさ」
「仁・・・イヤミか?」
「そうだよ」
 睨みつける石塚の視線を軽く受け流して、間髪入れずに栗栖は答えた。
「ひーとーしー、勘弁してくれよ。俺にはお前だけだって言ってるだろ? もうゾッコン惚れてるんだよ。謝るから許してくれよ」
 未だ目を覚まさない恵夢と悩んでる灯をほったらかしにして、栗栖と石塚はラブララブモードに突入していった。
『ちぇっ! いつもこうやってうやむやにされちまうんだよな。でも、まぁいいか・・・・』
 石塚の逞しい胸に抱きとめられて、栗栖は苦笑した。


『ダメだよ。リック・・・車を止めてよ。帰ろうよ。ねぇってば!』
 二人の関係がバレた時、リチャードが選んだのは、死だった。
 まだ、ジュニア・ハイのクリストファーと大学生のリチャードでは、リチャードがクリストファーを誑かしたと思われるのは当然だったし、事実、リチャードは何も知らない状態のクリストファーを言い含めるように関係を持ったのだった。
 しかし、取り乱して口汚くクリストファーを罵ったのは、リチャードの母親の方だったのだ。
『こんなに可愛い顔してるくせに・・・・クリスがウチのリックを誑かしたに決まってるのよ! この恥知らずっ!』
 ヒステリックに叫んでリチャードの母親はクリストファーに飛びかかった。
『やめろっ! クリスが悪いんじゃないっ!』
 母親を突き飛ばすと、リチャードはクリストファーの手を引いて、引きとめる家族を振り切って、車を出した。


『ねぇ、ドコに行くの? リック・・・リック・・・怖いよ。スピード出しすぎだよ・・』
『クリス・・・・一緒に死のう・・・』
『!』
『俺たちはもうダメだ・・・・・死んで天国で・・・一緒になろう・・・・』
 ハンドルを握り締めて、前を向いたままリチャッートは静かに言った。
『ダ・・ダメだよ! そんなの。みんな悲しむよ。パパもママも・・・レイチェルだって・・・・ねぇ、帰ろうよ。リック・・・・ちゃんと話をすればわかってくれるよ』
『アイツらに聞く気なんかないさ。今だってクリスのことを責めてたじゃないか。悪いのは俺なのに・・・・ゴメンな・・俺がクリスのことを好きになったばっかりに、こんなことになっちまって・・・・』
『リック・・・・』
『愛してる・・・クリス、俺についてきてくれるよな?』
 こちらを向いたリチャードは、いつもの優しい笑顔だったが目は笑っていなかった。
 クリストファーは静かに首を横に振った。
『イヤだよ。死んじゃうなんて・・・ダメだよ。そんなこと・・・ねぇ、リック、落ちついて考え直してよ。今日もピアノのレッスンがあるじゃないか。帰ろうよ』
 必死で説得を続けるクリストファーから目を背けると、リチャードも悲しそうに首を横に振った。
『もう帰れないよ』
『そんなことないよ。リック』
 リチャードは車を右に寄せて停車して、助手席で泣き出しそうな顔をしているクリストファーを引きずり出すと、再び車に乗って走り去った。
 呆然としているクリストファーをその場に残したまま。

 リチャードが自殺しているのを発見されたのは、クリストファーが日本にいる祖父母の元にやられてすぐのことだった。