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 親友としてなら受け入れてもらえた。でも、一目惚れで火が点いて、今では胸の中に狂おしいほど渦巻いている恋心を、どう鎮火したらいいのかわからなくなっている灯のイライラは、爆発寸前だった。
 栗栖がただ単にからかっていただけにしても、今の灯には起爆剤になった。
『あんなに怒鳴ることなかったのにな・・・・ホント俺って、ガキ・・・・』
 何時の間にか昇降口まで来ていたことに気づいて、ため息を漏らした時、背後から大声で名前を呼ばれた。
「おぉーい。吉原ぁ! 仁を見なかったか?」
 栗栖より、よっぽどボクシングをやっていそうな石塚の強面は、蒼白になっていた。
「先輩なら俺らの教室にいますけど・・・・・何かあったんですか?」
 灯の答えに、石塚はホッと安心したように息を吐き出した。
「仁、何か言ってたか?」
「いえ、特には・・・・」
「そっか・・・ならいい・・お前らの教室だな?」
 灯が頷くと石塚は踵を返して、全速力で駆け出した。
 後に残された灯は、アッと言う間のできごとにしばらくポカンとしていたが、思い直すと石塚の後を追った。


「ちょっ・・・先輩・・冗談はやめてください。でないと、俺、石塚先輩に殺されちゃいますっ!」
 椅子からずり落ちそうになりながら後ずさる恵夢に、栗栖は今すぐにでもモデルで食べていけそうな満面の笑顔で迫ってきた。
「大丈夫。俺が守ってやるから。俺が誰よりも強いのを知ってるだろ?」
 それは、初対面の時に証明してもらっているから、よーくわかっている。
「で・・・でもっ・・・」
 真赤になって首を振り続ける恵夢は、の気がナイ男でも、思わずクラッときそうなくらい、可憐で可愛らしかった。
『吉原も魅せられちゃったんだろうな・・・』
「怖がるなよ。そんなに美人なんだ。キスくらいしたことあるだろ?」
 顎を取られて、近づいてくる栗栖の口唇を、信じられない気持ちで見つめている恵夢の脳裏に、過去の記憶がフラッシュバックした。
「うわあぁぁぁっ!」


『大丈夫だよ。俺が全部教えてあげるから・・・・』
『リック・・・・』
『怖がらないで・・・さあ、目を閉じて・・・』


「メグッ!?」
「仁っ!」
 恵夢の叫び声を聞きつけて教室に飛び込んで来た灯と石塚は、頭を抱え込んで大声で叫び続けている恵夢と、殴られたのか頬を腫らして呆然と床に座り込んでいる栗栖を見つけた。
「メグっ!? メグ! 一体、何があったんだ?」
 驚いて駆け寄った灯を突き飛ばして、尚も叫び続ける恵夢に、灯と石塚は顔を見合わせた。
「吉永に何をしたんだっ!? 仁」
 石塚は栗栖を立ち上がらせながら詰問した。
「あんまり可愛いからキスしようとしたら抵抗されたんだよ」
 憮然として答えた栗栖の腫れている頬を、石塚はためらいもなく殴り飛ばした。
「ってえな! 何しやがるっ!?」
「それは俺のセリフだ! お前は俺のモノだってのに、一体どういうつもりだっ!?」
 石塚の言葉に、栗栖は悔しそうに睨みつけた。
「俺は、お前のそういうトコがガマンできないんだよ!」
 抱き締めようと伸ばされる石塚の腕を嫌って、栗栖は叫んだ。
「わかってるさ。そんなこと・・・でも、譲れない!」
「えっ・・・?」
 苦しげな声に、一瞬ひるんでしまった隙をつかれた栗栖は、石塚の胸に抱き寄せられてしまった。
「まっ・・勝・・・」
「お前じゃなきゃ、ダメなんだ・・仁・・・仁・・・ひと・・し・・・」
 かき口説かれて、いつものようになし崩し的に和解させられようとする寸前、灯の叫び声がそれを阻止した。
「メグっ! どうしたんだっ!? しっかりしろ!」